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太原へ
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まだ暗いうちからホテルを出発し、カーラジオから流れる曲に乗ってノリノリで歌うドライバーの運転するタクシーで北京空港へ。ただでさえ不安な中華航空の、国内線の機体はとても古く小さい。7時35分に北京を発ち、8時40分に太原空港着。全然リラックスできなかった。飛行機が怖いなと思っのは、学生時代に大韓航空で渡英して以来かも。

空港から太原の市街地までは結構離れおり、タクシーで40分ほど。それにしても、運転マナーみたいなものは皆無だな。車線変更しまくり。割り込みまくり。クラクション鳴らしまくり。でもそれが当たり前みたいな。いくら国際免許を持ってても中国では絶対運転したくない。

午前中に「山西大酒店(シャンシーグランドホテル)」に到着。相当疲れたらしく、母の顔色が悪い。背中をさすってやり、しばらく眠ることに。高齢で慣れない長旅。それほどには見せないまでも、実は相当に疲れたはず。欲張って北京観光もなんて案もあったが、とても無理だったな。

昼過ぎまで寝て、母も少し元気になったようなので、太原駅までタクシーに乗る。当時祖父が駅長を務めていたのが、この太原駅。駅前の景色は見る影もなく変わり果て、中途半端な高層ビル群が立ち並んでいたが、やはりこの駅舎の前に立つと、感慨もひとしおだったようだ。

昼食は、駅そばの小汚い大衆食堂に入り、ラーメンを注文。めちゃくちゃ不味い。一口食べて閉口。二口目で箸を置いた。店の汚さや店員の粗雑さには目を瞑るから、せめて味くらいはまともなもの出してくれよ。中華の本場だろ。

母が少女時代、この駅前を通り、線路を潜って通っていた富士小学校。今は残っていないが、もう70年も前の記憶を辿りながら、その道をゆっくりと歩く。古さを残すでもなく、新しく変化を遂げるでもなく、全くもって中途半端に移り変わった街並みを、少し切なげな表情で歩く母。

それでも、住んでいた「黒土巷」という地名を町の看板に見つけたり、通学途中に取って食べた棗などを買ってみたり、その度にテンションを上げて思い出話をする母の嬉しそうな表情。5歳から12歳までの間、両親や弟妹たち、友人たちと過ごした母の少女時代。どっぷりと浸かることはできなくても、その片鱗に触れることくらいはできたならと思う。

夕飯はホテルのレストランで、アメリカンクラブサンドを。この旅を通して、何気にこれが一番美味しかった。
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