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2009/12
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心の旅
チェックアウトタイムギリギリの12時にホテルを出発。料金は三流、部屋は二流、でもサービスは一流。高層階の派手な部屋で、高いだけでさして美味しくもない高級料理を出すホテルより、やはりホテルは接客が第一。京都ブライトン、非常に快適なホテルだった。

昼食は、親切なベルの女性に教えてもらった「九里九馬」へ。目立たない門構え。ガイドブックには載らなそうな、地元層相手に商売している感じ。味は…美味しかったと思うのだけど、実はよく覚えていない。何故なら、すぐ隣の席に座った人が、あの「スクールウォーズ」で山下真司が演じた泣き虫先生こと、山口良治監督だったからだ。彼は、モデルとなった伏見工高で、今も総監督をなさっている。スクールウォーズに感動し、山口先生に憧れて、志望校のランクを落としてまで高校ラグビーを始めた人間にとっては、彼は神のような存在なのだ。料理の味も分からぬまま、彼が食事を終えるのを待ち、店を出たところで「山口先生!」と声をかけ、手帳にサインをしてもらった。不躾なお願いにも関わらず、彼はわざわざ店に戻って筆ペンを借り、達筆な字であの言葉を書いてくれた。そして、ご丁寧に名刺まで戴いた上、二回りほども大きな手で握手もしてくださった。感極まり、「ありがとうございます」と言う声が震えた。

感動も冷めやらぬままにタクシーに乗り込み、今回の旅のメイン目的地「竜安寺」へ。竜安寺も世界文化遺産に指定されており、有名な方丈石庭の枯山水は確かに見事だった。しかし、屋根の全面葺き替え工事中だったので、臨時に突きだした縁側から観るその景色は、雰囲気も台無しな感じで…。静寂の中、風渡る音を聞きながら、謎を秘めた十五の石について、ゆっくりと想いを馳せたかったのだけれど。
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竜安寺を後にして、江ノ電と姉妹提携している「嵐電」に乗って嵐山へ。
嵐電の車両のレトロな風貌。車内も木目調でお洒落。
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嵐山に着いたら、まずは喫茶で甘味を。ということで、天竜寺門前にある「」で「わらびもちパフェ」を。竹の容器の底までぎっしり入ってて、ボリュームたっぷり。
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腹ごなしに、車屋が行き交う道を、土産物屋を冷やかしながら歩く。さらに「野宮神社」へと続く「竹林の小経」を行く。観光地じゃなくて、こんな小経が身近にあったら素敵だなぁ。こんな場所を、風に揺れる笹の音を聞きながら、心静かに散歩できたら最高だろう。
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そして、ここまで来たらもちろん「渡月橋」も渡るだけは渡っておかねば。欄干は木造だが、橋脚や橋桁はコンクリート。でも周囲の景色も近代化された建物などあって、趣深さみたいなものはさほど感じられず。
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この二日間好天に恵まれ、日中はさほど感じなかったが、やはり夕方になると盆地ゆえに京都はぐんと冷え込む。寒さに耐えかねて、窓から渡月橋を見渡せる洒落たカフェ『cafe de Salan』へ。
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美味しそうな京野菜の漬物と、温泉用にガーゼタオルを母の土産に買って帰る。
あっという間の一泊二日。名所を巡る観光旅行というよりは、歴史ある街で、自分と向き合う旅だった。
心を鎮め、高揚させ、時に無にして、時に解放させる。そうやって思い知るのは、常に自分の弱さばかりだけど、あれもこれも、それを克服するための試練だったのだと、乗り越えてかなきゃいけないんだと、ほんのちょっと思えただけでも価値ある旅だった。

19時過ぎに京都を出発し、日付が変わる頃に松山へ。
今夜は、芝居を始めるきっかけになった劇団の仲間たちが集まっていたのだが、その残党たち(といってもむさ苦しい野郎二人だけだけど)がまだ飲んでいるというので、駅からタクシーを拾って某ホテルまで。ホテルのロビーで何の実りもない馬鹿話を小一時間ほど繰り広げた後、寒空の下を1時間ほどかけて歩いて家に帰る。

2009年もあと二日。
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2009年最後の旅は…
今年最後の旅は京都。朝8時に松山駅を出発し、瀬戸大橋を渡って正午過ぎに京都駅到着。昨夜はひどい豪雨だったが、その雨も朝方にはあがり、京の空には晴れ間さえのぞいている。

まずは今夜宿泊予定の「京都ブライトンホテル」へ。近頃の修学旅行では、移動手段にバスではなくタクシーを利用するらしく、運転手は地理だけでなく、京都の歴史にも精通している。ホテルへの向かう道すがら、身に付けた知識を惜しみなく披露してくれた。

チェックインの手続きを済ませ、荷物を預けてまずは腹拵え。空腹だったので、近場のおばんざい屋「晃庵」で蕎麦を食す。好みの薄味スープに平太麺。九条葱が美味い。鴨より美味かも。
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冬空の下、京都御所沿いの道を歩き、賀茂川を渡って「下鴨神社」へ。
正式には「賀茂御祖神社」と呼ばれ、深い歴史を持った下鴨神社は、世界文化遺産にも登録されている。「糺の森」を通る長い参道を抜けると、大鳥居の前に「御手洗川」が流れている。そう、あの団子の名前の由来になった川だ。
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鳥居の奥には鮮やかな朱色の楼門があり、門を潜ると境内のあちこちに舞殿という小舞台。本殿の前で賽銭を投げいれ、厄除けの祈願とともに、今年の加護に感謝する。来年もどうぞ宜しくお願いします。
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参拝後は、近場の茶屋で一服。もちろん、本場のみたらし団子を注文する。御手洗川の流れを表現したという元祖みたらし団子は、何故か一つだけ上に離れている。団子4兄弟と…腹違いの兄?もちろん、味は一緒。コンビニで売ってるようなドロっと甘いたれがかかっているのではなく、醤油ベースのあっさり味。10本くらいは軽く食べられそう。
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次の目的地に向かうため、出町柳駅へと賀茂川を渡る。
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普通の橋もあったのだけど、眼下には「因幡の白兎」のワニ(サメ)よろしく、亀の甲羅の上を渡ることも。
そりゃこっち渡るだろ。
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コイツに乗ったら…、連れてってもらえるのか。賀茂川→桂川→淀川→大阪湾。さらに明石海峡を越えて、もしかしたら瀬戸内海にあったりして、竜宮城。
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京の夜はもちろん祇園へ。日が落ちて、軒先に吊られた提灯が花見小路を彩る。
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一元の旅行客でも入れそうな、比較的新しめのおばんざい屋「まんざら」に入る。新鮮な京野菜を使った料理を、美味しい梅酒と一緒に。上品な味に舌鼓をぽんぽんっ。
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食後は京の街を散々歩いて、歩き疲れてカラオケ屋へ。
日付が変わる頃にホテルに戻る。持参したパソコンで諸々作業するつもりだったけど、風呂に入って、高校ラグビーの試合結果をテレビで見ていたら猛烈な睡魔が。
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今年の有馬記念
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試験勉強中はそれどころじゃなかったし、実家ではグリチャも見られないので、毎週メインレースの結果くらいは気にするものの、以前に比べて馬券を買う機会は随分と減った。でもG1レースとなれば買わないわけにいかない。一年の総決算である今日の「有馬記念」だってもちろん買った。券種は3連複を2頭軸で流すと決めていた。軸の1頭は、ドリームジャーニーに比較的早い段階で決定。もう一頭を二冠牝馬ブエナビスタにするか、一昨年の勝ち馬であり、中山の鬼マツリダゴッホにするか、最後まで迷った。結局、乗り替りと当該コース未経験が引っかかって後者を選んだ。で、結果はドリジャニ1着、ブエナが2着。3着に人気薄だったが、しっかりおさえていたエアシェイディが突っ込んで、非常に残念な結果に。悔しい。一度でも中山を走り、それなりの実績を挙げていればきっとブエナを選択しただろうに。でもいいのだ。有馬記念とダービーだけは、負けても清々しい気持ちになれるお祭りレースなのだから。池添くん、おめでとう。

明日から1泊2日で京都へ。8時11分松山駅発。車は置いていくつもりなので、その電車に乗るためには、自宅最寄の停留所7時16分発のバスに乗らなくてはならない。7時51分に松山駅着予定だから何とか間に合う。でもこのバスが一番バスで、他に公共の交通手段はない。だから、もっと早い時間の電車や、飛行機の一便にも乗れない。「松山空港行き」のバスが、飛行機の一便に間に合うように運行しないのは如何なものか。自家用車を持たない貧困層や高齢者に非常に不親切。運行会社の伊予鉄と松山市に嘆願書を出そうと思う。
今更ですがのお願いですが
今年は、過去の誕生日をBLOG(その前身となったものも含め)で振り返るというヒマな作業をやってみたので、ならばX'masはどうだったのか、無意味な作業であることは充分承知の上で、とくに興味があったわけでもないのだけど、折角なので読み直してみた。
その結果…

2004年 南海放送にて『最後の約束』がON AIR(ローカル番組なので聴けず)
2005年 マスピ土田くんと河口湖へDRIVE(男二人旅)
2006年 ディープインパクトの有馬記念(三連単的中!)
2007年 23日に本編『helena』の3場にあたる『hinges』を鑑賞(24日25日は不明…)
2008年 労使交渉打ち合わせ(何もイヴにやらんくても…)

そして今年、2009年は…母と一緒にチキン食って、温泉浸かって終了。
でも、遠く離れた街からメッセージや素敵なプレゼントも届いて、結構幸せなクリスマスでした。

過去を振り返ってみて、1つ不思議な傾向を発見。昨年もそうだったのだけど、何故かイヴに髪を切りに行くことが多い。別に駆け込みってわけじゃないのだけども。でもイヴのサロンって空いてるし、やさぐれたアシスタントの子と話すのも結構楽しかったりする。

ということで、今年のクリスマスは何事もなく…と思っていたのだけど、終盤になって立て続けに度肝を抜かれるようなサプライズニュースが二件飛び込んできた。まさか打ってくるとは思わなかったパンチを二発ももろに喰らったもんだから、軽く脳震盪気味。

そんな状態で、高村薫の同名小説を崔洋監督が映画化した『マークスの山』を観た。ただのセックス&バイオレンス映画じゃねぇか。直木賞受賞作が、こんな陳腐な作品に成り下がるのか。観なきゃよかった。

クリスマスが終わると、大晦日まであっという間。
喪が明けた気は全くしないのだけど、今年は年賀状出さなきゃなぁなんて思っていたら、まだ一枚も書いてないのにあと6日。年内には、書き終わるかしら。
みなさん、住所教えてください(今更かよっ)。
海の見える小学校
早朝から賑やかな子供たちに起こされ、奥さんが作ってくれた朝食を食べる。昨夜降った雪で、外は真っ白。吐く息も真っ白。車に乗り、子供たちをそろばん塾まで送り、友人が教鞭を執っている小学校へ。
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職員室で珈琲を淹れている間、友人が担任する5年生の教室や、理科室、音楽室など見て回る。高校生までは小学校の先生になりたいと思っていたりしたので、その頃の夢を思い出しながら、もし自分がここの先生だったらなんて想像してみたりして。だけど今の自分でさえ、立派に教師を務めあげることはできないだろう。
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小学校の前の道を挟んで向こう側はすぐ海。窓からはこんな景色が広がっている。通っていた小学校は山に囲まれていたから、ちょっと新鮮で羨ましい。でも一番羨ましいのはここで友人に受け持ってもらっている生徒たち。いつか自分にも子供ができたら、彼のいる小学校に通わせられたらいいのに。
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そろばん塾が終わる頃合いを見計らって一旦戻り、14時には松山に戻らなければいけないので、名残惜しいが友人一家とお別れ。お弁当と手土産まで持たせてもらって感謝。友人には年末もしかしたら松山で会えるかも。

宇和島から松山まで、通常なら高速を使えば2時間程度。でも今日は雪の影響で高速閉鎖はほぼ確実。なので余裕をもって11時に出発したのだが、一般道も峠付近は時速15から20kmの徐行運転。そりゃそうでしょうよ。スタッドレス履いてない車が、こんな雪の中走るんだもの。結局3時間半もかかってなんとか無事松山到着。
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14時からの予定は、足底板の作成会場でHP作成のための取材だったのだが、30分も遅刻して到着。それでも目的としていた作成過程の見学やらインタビューやらは、しっかりこなすことができた。大変なのは、これから。でも今日は流石に疲れたので、寝る。
Let's get it back!!
午前中、所用を片付けた後に「護国神社」へ。購入直後からトラブルが続き、先月の上京期間中、たったの5日で4回も警察の厄介になり、挙句の果てには運転手より先に帰郷するという離れ業をやってのけたマイカー。当初から気になっていたナンバープレートを交換し、念には念を入れて、お祓いもしておいた方がいいんじゃないかと。

初穂料を納め、神職の導きに従って玉串奉奠。近年まで酉の市どころか初詣にさえ縁遠く、お祓いなんてもちろん初めて。でも神前に正座し、厳粛に頭を垂れて神職の言葉を賜るのは、背筋も気持ちもしゃんとしていいものだ。効果がありますように。

夜、宇和島の友人宅にお邪魔することになっていたのだが、今日は午後から雪になるという予報で、高速は山間部を抜けるから閉鎖になる可能盛大。待つことになっても、日が落ちる前に宇和島入りしておいた方がいいだろうと思い、昼食を取った後すぐに出発。海沿いを通る一般道を選択し、途中双海で一休み。青空が覗いてはいるが、非常に怪しい雲行き。
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長浜辺りでとうとう雪が降り始める。そして、迷ったが結局乗ってしまった大洲から西宇和までの高速で吹雪に遭う。「行き当たりばっ旅」初年度で走った北海道の高速を思い出す。流石にあのときの、360度白い世界とまではいかないが、他に走っている車もなく非常に心細い。一刻も早く高速を降りたかったが、逸る気持ちを抑えて低速で走る。
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なんとか無事宇和島に到着。でも約束の時間まで3時間もあったので、さらに15キロほど南下したところにある津島の「やすらぎの里」という温泉まで足を延ばす。雪こそ降っていなかったものの、露天は激寒。だから肩までしっかりと湯に浸かる。見上げると、遠くの山から大きな灰色の雲が近づいて来る。湯面には冷たい風が吹き渡っていたのに、近くの山の木々は全く揺れておらず、枯れ葉一枚落としていない。まるで雪雲に乗ってやってくる冬将軍に畏敬の念を表し、直立不動で敬礼をする部下たちのようだ。

風呂から上がった直後に友人から連絡が入る。宇和島方面へ戻り、コンビニで酒など買って友人宅へ。既に準備万端整っていた鍋を早速戴く。奥さんは途中、ママさんバレーの練習のため出かけたので、食後はクリスマスプレゼントに買っていったルービックキューブや伊予弁かるたなどで子供たちと遊ぶ。長女のnagiと長男のayum。二人とも大きくなった。そして小生意気になった(笑)
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子供たちを寝かしつけた後、酒を飲みながら大人の話。芝居を始めるきっかけとなった舞台で出逢い、今彼はここで小学校の教師をしている。当時から劇団内で一番の友であり、理解者であった彼のことを、年下だがとても尊敬している。役者として、教師として、夫として、父親として、そして人間として。彼の優しさは、根底に愛あるがゆえ。でも、だからこそ、時に人より大きな苦しみを背負わなければならないことも。

バレーから帰ってきた奥さんも交えて、遅くまで飲み語る。奥さんが寝てしまった後も、二人でたくさん喋った。心の余裕を、失われつつある輝きを取り戻すために、忘れかけていた何かを見つけに行こう。そう熱く誓い合って、心地よい眠りについた。
MAGIC × RUN
一向に完治しない母の風邪。一昨日から頭痛と耳の痛みも訴えるようになったので、今日は朝から病院へ。念のために脳外科でMRIも撮ってもらったが、脳に異常はなし。明日は耳鼻科へ。この際だから循環器科にも行ってくれるといいんだけど。

その帰り、鍋焼きうどんの老舗「ことり」へ。店内もメニューも、従業員のおばさんや客層までが、昭和の匂い。松山うどんの素朴な味。いなりも美味。
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先日上京前に買ったB'zのニューアルバム『MAGIC』がいい。数年前から新曲が出てもCDを買うどころか視聴もしないほど離れてしまっていたが、これぞまさしくジャパニーズ・ロック。ファン熱再燃しそう。中でも気に入ってるのは『MY LONELY TOWN』と『long time no see』。
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週3で夕食前にジョギングを続けているのだが、今聴いてるのは専らこれ。走りながら、B'zの楽曲とともにあった上京前後の青春の日々を思い出し、胸が熱くなる。あの頃の情熱を忘れちゃいけない。まだまだ、これからこれから。久しぶりにB'zのライブ行きたいなぁ!!
恋するマドリ
午前中、姉に頼まれた足底板絡みの道具を会場に運んだ帰り、父方の祖父の墓参りへ行ってきた。父と来ていたのは中学生くらいまでだったろうか。おぼろげな記憶を辿り、やっと見つけた祖父の墓は、誰かの手によってきれいに手入れがされていた。父が亡くなって一年も経つので、もしやと思ったが安堵した。その墓は、昭和五年に建立されていた。父が生まれる一年前に、会ったことのない祖父の手によって。長きに渡る非礼を詫び、父のことを話しながら墓前に手を合わせる。これからはこちらにもちょくちょく来るようにします。

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大九明子監督『恋するマドリ』を観た。一人暮らしを始めたかわいい女子大生の、素敵な偶然が素敵な出逢いを連れてきた的な、とっても少女漫画チックな映画。ドラマに予定調和的偶然の重なりは不可欠なんだけど、あからさまにそりゃねぇだろと思わせてしまっては。物語自体が嘘なのだから、展開上のご都合的安易な嘘は極力排してもらいたい。なんだかんだ言いながらも嫌いな設定じゃなかったんだけど、成田に急行するのに隅田川を屋形船って…。羽田でもあり得ん。それまではちゃんとまとまってたのに。

それにしても、13年一人暮らしをしてたけど、あんな偶然はなかったなぁ。ま、あそこにずっと13年じゃ無理か。もっといろんな街に住んでみればよかった。この映画のロケ地でもあった目黒川沿いなんて、本当に住めたら素敵だろう。家賃半端なさそうだけど。
白バラの祈り
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ベルリン国際映画祭で最優秀監督賞と最優秀女優賞を受賞したマルク・ローテムント監督の映画『白バラの祈り』を観た。1943年、反ナチス・打倒ヒトラーを呼びかけ逮捕された「白バラ」の紅一点、ゾフィー・ショルの逮捕から処刑までの5日間を描いた史実に基づいた物語。大学構内でビラを撒き、反逆罪に問われたゾフィーはまだ21歳の女子大生だった。ユダヤ人の大量虐殺もさることながら、戦争終結を願い、自由を叫んだ善良なドイツ国民が、逮捕からたった五日で命を奪われてしまう。ヒトラーの悪政暴政の下、当時ドイツはそんな国だった。

無知蒙昧というよりは、ヒトラーを妄信、もしくは狂信する尋問官や裁判官に対し、誇り高き理想を掲げ、平和のため、自由のために気高く信念を貫き通したゾフィー。その聡明な頭脳と崇高な精神は、弁護士さえ敵に回った断罪裁判で、その場にいた政府の犬たちの心さえ揺るがせた。処刑直前の両親との接見、同志との抱擁のシーンは涙なしには見られない。

幕末には日本にも国を想い命を省みない志士と呼ばれ漢たちがいたものだ。が、今の若者のどれほどが本気で政治のことを考えているだろう。その先の行動どころか、関心さえ薄い。日本と同じ敗戦経験を持つドイツは、自分の国が犯した過ちにしっかりと目を向け、二度と繰り返さないように歴史を保存している。戦争責任を果たすには、まずそこからだ。しかし日本はいまだに…。閉ざされ、癒着した三権。体裁ばかりで実態の薄い政府。

唯一の被爆国で、戦争放棄、非核三原則を謳う日本だが、時流に逆行して原子力発電所を建設し続けている。資源不足やエコを理由に原発を作り続け、ゆくゆくは抑止力を理由に核ミサイルを保有。でもそうならないように動かない国民に責任がある。ドイツでは、裁判官さえ組織に入り、一国民として原発をなくすために活動している。ドイツは日本がずっとお手本にしてきた国。今のドイツには見習うべきところがたくさんある。やっぱ行ってみたいな、ドイツ。
wanna be a tough guy
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大学卒業後、上京するための資金を稼ぐためにアルバイトをしていた会員制高級スポーツクラブ"D"。そこでお世話になった人から連絡をもらい、地元の人気カフェ「haco」でお昼をご一緒することに。帰省してもう半年にもなるというのに、地元の友人知人と会う機会はこれで2回目?3回目?積極的に連絡を取っていないせいもあるが、学生の頃の繋がりがいかに薄っぺらいものだったのか思い知って少々凹む。

近況やら懐かしい昔話に花を咲かせる中で、もう何年も前に閉館になった"D"が、今はレストランになっていると聞いて、早速行ってみることに。店内に入ると、プールだった場所をフローリングにして、ブッフェスタイルの洒落たレストランになっていた。所々に昔の面影が残っており、それを見つける度に興奮の声を上げる。もう二度とここには踏み込むことが許されないだろうと諦めていたから嬉しくて。

店を後にして、しばらくあてもなくドライブしながら話す。何年も合わなければ、その間お互いの身に、その周囲に、信じられないような出来事も起きる。それらをどう受け止め、乗り越えていくかが大事。もっとタフにならなければ。心身ともに。
一周忌
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一年経ってしまった。母に聞くと短かったというが、自分としては余りにいろいろあり過ぎて、長く感じた一年だった。暦で一年というのは確かに節目になるかもしれないが、気持ちの節目にそんなものは関係ない。だから一周忌を迎えても、喪が明ける気がしない。というより、そもそも父が死んだという実感すら、いまだに持てないでいるのだ。それは母も同じで、いまだに墓前に手を合わせる気にはなれない。ぽっかりと心に穴が空いてしまうという、まさにその表現通りの喪失感が、ずっとずっと続いている。

昨夜は、一人部屋で父の写真を見たり、遺書を何度も読み返した。家族に宛てた言葉。短いけれど、父の想いがひしひしと伝わって来る。そして今日は、ずっと母と二人一緒に、お墓参りをして、買い物に行って、たくさんのことを話した。「こうすれば夢に出てきてくれるかしら」と父の遺影を枕元に置いて眠る母。それに倣い、今夜は小さな遺影をベッドの横に置いて眠る。
あと二日
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葬式を行わず、戒名も不要、さらに「四十九日をはじめ所謂法要は無用」と遺言に明言しているため、一周忌を明後日に控え、正式な法事の準備は行っていない。とはいえ、集まれる人で食事をするくらいいいじゃないかという提案を無碍に断るわけにもいかず、午前中に墓参りをした後、昨年「偲ぶ会」の会場になった「竹山荘」に親戚連が集まった。

いのしし鍋を囲みながら、地元の親戚たちが父の思い出話に花を咲かせる。こういう場で初めて聞く父のエピソードは、何もかもが愛おしく、切なく聞こえる。匂いを嗅ぎつけて、肉をおねだりに来た犬が、トントンと窓を叩く。犬好きの姉が窓を開け、皿に取った肉を、箸で食べさせてやる。そういえば父も犬が好きで、近所の犬によく鶏の骨などやっていた。まさかコイツの身体を借りて様子を覗きに来たのでは、なんて一瞬思わなくもなかったけど、その場にいたみんなの犬を見つめる優しい視線を見ると、そう思っていたのは強ち自分だけではなかったのかもしれない。
行き当たりばっ旅2009瀬戸内編 最終日
今年のばっ旅最終日は、移動時間を考えたらあちこち回れる余裕はなさそうだったので、敢えてゆっくりのんびり行こうということに。朝も8時に起床。旅先で寝坊なんて滅多にないのに、今朝はtellに電話で起こされてしまうし、朝風呂に入る気力さえ湧かなかった。

ばっ旅四国編では候補地にも挙がらなかったが、そういえば「こんぴらさん」にお参りしていなかったなと、本日唯一の目的地を金刀比羅宮に決定。785段もの参道を登るなんて、ばっ旅らしいし、ばっ旅じゃなければわざわざ来なさそうだし。

帰りにお土産を買うか食事をしてってくれれば駐車場代はいらないよという親切なうどん屋のおばちゃんに導かれるまま、何故か屋根付きのガレージに車を停める。親切なおばちゃんは杖まで貸してくれた。普通の観光客は、このおばちゃんに巡り会うまでにどこか違う駐車場に停めちゃうだろうな。だって必死だもん、呼び込みが。半ば強制的。

うどん屋から鳥居のある第一段目まではすぐのところにある。石段の途中、土産物屋が立ち並ぶが、どこも閑古鳥が鳴いている。こういう店って営業成り立つんだろうかといつも不思議に思う。
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785段ってどれほどなんだろう。ガイドブックなどを見ると、結構キツいみたいなことも書いてあるので、心して登り始める。画像を見ると、これが延々続くのかと思うかもしれないが、実はそうではなくて、ちょっと登ればすぐに平坦な道が現れ、またちょっと登れば商店やら書院があったりして、息を入れる機会は何度もある。
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拍子抜けなほどあっさり登ってしまった785段。足腰がどうこうどころか、少しの息切れもない。お喋りをしながら、参道沿いの景色を楽しみつつ、気がつけば目前に御本宮。ペース緩過ぎたとはいえ、楽勝でした。
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お参りをして、「幸福の黄色いお守り」を買って、登ってきた階段をまたえっちらおっちらと下る。その途中、番組収録中の友近に遭遇。友近は同郷だが、今のところ全く縁もないので、意外と華奢なんだなーなどと思いながらすれ違う。
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下りもあっさりとクリアし、車を停めさせてもらっているうどん屋で昼食。讃岐ほどコシがない「こんぴらうどん」に生醤油をかけて食べる。味は、まぁ普通。
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琴平をお昼過ぎに出発。tellの飛行機は17時。平日だし、下道でのんびりと松山へと走り始める。が、ペースが余りに遅過ぎたので、やっぱり高速に。本当は、時間までに一度ウチに寄り、母の作る餃子をご馳走してあげようと思っていたのだけど、出発前に引いた風邪がさらに悪化しているらしく、断念。

飛行機の時間は迫っていたが、生前の父を知る数少ない友であるtellにお願いをして、一緒に父の墓前に。落ちていた樒の葉を拾い、手を合わせてくれるtell。その背後から、「tellくん来てくれたで。覚えてる?」と父に声をかける。生きていれば、もしかしたら三人で山に登ったりしたかもしれない。各々照れ屋だったり、人見知りだったり、不器用だったりする三人だけど、一緒に山に登れば、男同士深い話もできたかもしれない。父には、tellという存在を、二人の関係を、もっとよく知っていてほしかった。

出発時刻30分前に松山空港に到着。ビデオを回し、今回の旅を振り返りながら〆に入る。空港内のカフェで慌ただしく精算をし、珈琲を半分も飲まないうちに保安検査場へ向かう時間に。以前、旅の終わりに抱いていた感情が急に込み上げてきて、ガラス越しに手を振り、飛行機に乗り込んで行くtellを見送りながら、寂しくて仕方なくなる。
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9回目を迎えた今年のばっ旅は、特に波乱もサプライズもなく、良く言えばスムーズ、別の言い方をすればイージーな旅だった。今回に限っては、旅というより、旅行に近い。互いの変化を理由に挙げれば納得もいくが、やっぱり少し物足りない気がしなくもない。でも、今回は旅そのものより、tellとの交流に重きを置いていたわけだし、その意味では充分な成果があった。何より、今年も続けられたことに大きな意義がある。

来年はいよいよ節目の10周年となる記念回。変わったことをやる必要はないけど、ばっ旅らしいばっ旅ができればいいなと思う。そして11年、12年と、これからもずっと続けられますように。
行き当たりばっ旅2009瀬戸内編 2日目
昨夜は、自分の部屋に戻ってからもネットを開いてみたりして、結局遅くまで起きていた。今日は早い昼食の予定だったが、旅先の宿では不思議と朝からガッツリ食べる習慣が。tellはちゃんと量を控えていたが、これが思わず裏目に出ることに。

広島から30分ほど走り、船で宮島へ。青いブルゾンの外国人たち大勢と乗船。何組ものグループに分かれて宮島に渡っていた彼ら、恐らく総勢1000名は超えていたんじゃないだろうか。ブルゾンには「AFS」というアルファベットを組み込んだロゴ。自分たちが想像したような略称でないことは間違いないだろうが、一体何の団体だったのか。

調べたところ、本日の干潮時刻は0601と1844。満潮時刻が1240。到着が干満の中間くらいだったため、大鳥居の黒い脚が覗き見え、社殿内も所々水溜りができているという、景観としては若干微妙な感じ。
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回廊の朱柱は美しく手入れはされているものの、逆に歴史を感じることができない。
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日本三景であり世界遺産でもあるだけに、国内外から観光客が押し寄せ、厳かで神聖な気持ちにという雰囲気ではなく。でもそれでも流石の風格はあり、やはり一度は訪れるべき厳島神社。
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拝礼し、お守りを買って、厳島神社の裏山的な霊山「弥山」へと向かう。紅葉谷公園から、厳島神社の拝観料より何倍も高い料金を払ってロープウェイを2本乗り継ぐ。
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さらに30分ほど徒歩で登り、やっと弥山の展望台。手付かずの原生林は世界遺産に指定されているらしいが、標高535メートルからの眺望は、富士や石鎚、鳥海山を制覇している身としてはさして感動もなく。ただ瀬戸内海に照りつける陽射しが、海面を鏡のように輝かせる光景は一見の価値あり。
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展望台へ向かう途中にある霊火堂には、弘法大師が修行に使った「きえずの火」が、釜の下で1200年以上も燃え続けている。この火で沸かした冷水は万病に効くと言われているらしい。しかし堂内はすごい煙で、早々に退散。
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意図せず弥山で時間を取られ、下山したらお昼時。てことは、今まさに満潮時刻なんじゃないかと再度厳島神社を訪れる。出口から逆行するわけにもいかず、再度入口からという時間もなかったので、外から眺めるに留める。でもそれでも充分、全く違った景観を見ることができたし、まさにこれこそが宮島の宮島たる所以。この時を見計らって下山したわけでなく、このラッキーさ加減がばっ旅らしい。
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友人Mに勧められた創業80年以上という「藤い屋」でもみじまんじゅうを買ったり、白馬の神に今日の勝ちを願ったりしつつ、朝食の量を控えて空腹なtellと宮島を後にする。

昼食は、同じくMに勧められた「うえの」のあなごめし。船着き場からすぐの場所にあり、お昼時よりは遅い時間だったし、もう空いているのではと店の前へ。店内で食べるなら1時間待ちと言われ、流石に待てないので弁当を買って車で食べることに。かなり混むとは聞いていたものの、半端ねぇ。おなごめし、あなどるな。

あなごめしだけだと物足りないし、折角牡蠣が有名な広島に来ているのだからと、駅前で販売していた牡蠣ぽん酢も買って車に戻る。あったかいご飯に乗っかってればより美味しかったはずだが、弁当のあなごめしでも美味。牡蠣ぽん酢と一緒にペロリ。
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宮島をクリアし、これで日本三景完全制覇。「行き当たりばっ旅」で松島→天橋立→宮島を3年連続、しかも決して計画的だったわけじゃないところが素晴らしい。

午後からは広島に戻り、平和記念公園へ。学生の頃に親と来たことがあったが、機会があれば再度訪れたい、いや来なければいけないと思っていた。今何を感じるのか、どう考えるのか、自分でも興味があった。
でも、実際に原爆ドームを目の前にして、特に感慨深くもなく、胸に込み上げてくるものは一切なかったというのが正直なところ。それが逆にショックだった。
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原爆の子の像の下に立ち、原爆死没者慰霊碑の前で歌う女性を見ても心が動かない。これはイカンと思い、平和祈念資料館に入る。音声ガイドを借り、閉館までの時間いっぱいを使って、資料と遺品の数々を見て回る。

一度見たはずの展示品の数々を、ガイドを聴きながら一つ一つ丁寧に見て回る。1945年8月6日午前8時15分。落とされた原爆の規模やら被害の大きさは、既に持っている知識で充分だし、わざわざここに来るまでもない。だけど、その日広島の人々に何が起こったか。焼け爛れた皮膚をぶら下げて水を求め、一瞬にして焦土と化した街を、家族を探して彷徨い歩く人たち。その光景が目に浮かび、人々の呻き声が聞こえた気がした時、ガツンと頭を殴られたような気がして、嘔吐感のような気持ち悪さが襲ってきた。

資料館は資料館でしかない。ここで感じたリアリティなんて薄っぺらいものだろう。でもここにさえ訪れたことのないオバマ大統領が核廃絶を訴え、ノーベル平和賞を受賞。アフガン戦線に三万人増派決定後、しかも演説で戦争容認発言をした彼に、核廃絶に対するどれほどの想いがあるだろう。情けないのは日本政府だ。唯一の被爆国が、オバマに先越されてどうする。原爆落としたアメリカに先越されてどうする。CO2削減目標で世界に評価されて喜んでる場合か。
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平和公園を後にして、夕食にはまだ早い時間だったが、広島に来てお好み焼きを食べずに帰るってわけにもいかないだろうと、友人Mおススメの「まるめん」へ。もっちもちで美味。さほど空腹ではなかったが、あっという間に完食。でも先日食べて美味しかった倉敷のみそかつ定食は流石に断念。宮島の馬の神様のご利益か、競馬で見事スマッシュヒットを決めたtellくん、ご馳走様でした。
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高速料金の関係もあり、tellも翌日17時には松山を発たなければならなかったので、今夜中に四国入りすることに。山陽道を走り、瀬戸大橋を渡って、結局高松のビジネスホテルにチェックイン。今回の宿は本当にイージーチョイス。

最上階の大浴場で、露天風呂に浸かりながら始めた長い長い話は、部屋に戻ってからも数時間続き、tellとゆっくり話せるときまでと温めておいた、ここ半年の間に起きた諸々の出来事を、深夜までとめどなく話す。十年の歴史で築いた絶大の信頼、故の安心感があるからこそ、心地よく何でも話せる。この貴重な時間もあと残り僅か。明日も有意義な時間にするため、夜通し話したい気持ちを抑えて自分の部屋に戻る。
行き当たりばっ旅2009瀬戸内編 初日
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お昼前に羽田から飛んできたtellを松山空港で迎え、姉に借りた車に乗り込んで、2009年の「行きあたりばっ旅」がスタート。こんな始まり方は初めてだから、若干違和感を覚えなくもないが、こうやって今年もtellと一緒にばっ旅に出られることが嬉しい。こういう状況だからこそ、込み上げてくる感情がある。

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朝からろくに食べてないというtellに少し我慢してもらい、先日は休業日のため断念した大三島のカフェへと「しまなみ街道」に入る。大三島ICから迷いながらも辿り着いた「cafe rufuge」は、農道からさらに小路を5分ほど分け入ったところにある。古民家を改築した小洒落た和カフェで、店全体が店主の鉄を使用したアートのギャラリーでもある。
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さぁ食うぞとメニューを開いたところで、店唯一のフードメニューであるカレーが既に終了していることを告げられる。少し遅めではあるけど、この時間で品切れはヒドい。カレーなんだから、作り過ぎて少々余ったっていいじゃないか。仕方がないので、フレンチトーストを注文し、スイーツな昼食。でもこれが絶品だった。「ふんわりフレンチ」のその名の通り、もうふわっふわなのである。味も甘過ぎず、でもとってもジューシーで、「桃園文庫」の「帝国風フレンチ」に匹敵する。カレーを食べられなかったのは残念だったけど、でもカレーを食べていたらこのフレンチは注文しなかったと思われ、おまけに蜜柑ももらったから、まぁ良しとしよう。
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次に訪れたのは、同じ大三島にある「大山祗神社」。平安時代には朝廷から「日本総鎮守」の号を下賜されたという由緒正しい神社で、国宝、重要文化財指定の甲冑約4割がここに集っているという。鳥居の向こうがいきなり工事中的な幕が張られており、もしや拝観不可なのかと焦ったが、総門を新築しているだけだった。
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テニスコートが3面ほど取れそうな広い境内には、樹齢2600年という立派な楠があり、天然記念物に指定されている。2600年前といえば余裕で紀元前。時に聡明で、時に愚かな人間の成長を静かに見守ってきた、まさに神のような存在。その奥にある本殿でtellと二人柏手を打ち、神聖な気持ちで車に戻り、真剣な面持ちで本日のメインレースの予想をする。
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しまなみ海道を渡り終えて尾道に到着する頃には、空港から出発してしばらく降っていた雨も完全に上がっており、早速尾道の尾道らしい坂道へとtellを案内する。尾道へはもう随分昔、両親と来たことがあった。何がきっかけだったかは忘れたけど、延々と続く坂道と、高台から臨む尾道水道の景色はハッキリと覚えていた。
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大林宣彦監督の尾道三部作が大好きでって訳でもないけれど、アニメ版の『時をかける少女』が好きなので、この坂を駆け下りてってのは無理があるよねぇなんて喋りながら、せっせと坂を登る。本当は「志賀直哉旧居」など見ながら「文学のこみち」を通ればよかったのだけど、もう日暮れ近かったし、tellくんには尾道の坂を体感してもらえればいいかなと勝手に判断。
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夕食はもちろん尾道ラーメン。尾道ラーメンがどういうのかさえ知らずに食べたが、素朴な味の中華そばって感じで、珍しくチャーシュー麺を頼んでみたが、まぁ病みつきになるってほどでもなく。
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早めの夕食を済ませて、さて後問題は本日の宿。毎度当日ギリまで予約なんぞせず、飛び込みが基本の行き当たりばっ旅。「坂の上の雲」もドラマ化されて好評のようだし、江田島の安宿にアタックすることも考えたのだが、明日宮島を午前中で回るためにも、広島市内のビジネスホテルに拍子抜けするほどすんなりチェックイン。
ホテル前の平和大通りは、クリスマスを控えて煩いほどのイルミネーション。カップルがわんさか。あぁ、そんな光景をばっ旅で見たくはないのだと少し不快にさえなったが、「らしくないのがいいところ~♪」とオバQの歌にもあるし、まぁ良しとしよう。
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ホテルの大浴場に浸かり、tellの部屋で明日の競馬を予想しながら「今年のばっ旅、ちょっと順調すぎない?」なんてうだうだと喋る。このtellと「うだうだ喋る」という行為が、今となっては本当に貴重。この夜は何を喋ったのかもうほとんど覚えてないけど、弱い酒なんか飲まずに、もっともっと喋っていたかった。
chenge for the better
以前このブログでも紹介したS先生の足底板。姉に依頼されて、彼のホームページ作成の構成を任されることになった。既存のものより分かりやすく、より営業的なものに。改装ではなく、新規。既存のものは、それはそれとして残す。今日は愛媛大学でS先生が工学部の生徒相手に講義を行うことになっていたので、取材として聴講に。
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S先生をお迎えにあがるついでに、彼が宿泊している「道後山の手ホテル」でリッチな朝食を姉の奢りで。5年前にできたばかりのオールドイングランドがコンセプトのホテルで、何もかもが英国調で洒落ている。朝食も美味しかったし、機会があれば泊まってみたい。
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講義があったのは、比較的大きな教室。学生に混ざって最後列から聴講。足底板の概要というよりは、各々個性ある身体であることを認識し、自分に合った姿勢・歩様を知り、実践することが重要だということの解説。スライドを使用しての約70分間。やはり自分で体感してみないと、いまいちピンと来ないだろうなぁというのが正直な感想。

講義後、先生と姉の3人で昼食を摂りながらの会議。先生を空港へ向かうバス停まで送り届けた後、家に戻ってさらに姉と詳しい打ち合わせ。HP完成は早いにこしたことはなく、できれば年内に骨組みをと思っているらしいが、現段階でイメージしているものを作るには、それなりに時間はかかりそう。

姉と別れ、昨日やり残したことや、明日からのばっ旅に備えての諸々をハイスピードで片付ける。そんな中、今日から価格がぐんと安くなったし、以前麦茶に水没させて以来日々不調を訴えるので、ついにiphone-sに機種変。データの移行はスムーズに終了。やっぱ従来のものとはスピードが違う。
新しい熊手
東京から戻った翌日から、案の定風邪で寝込む。体力低下は深刻な問題だ。しかも、母に移してしまったらしい。マスクを着用して気をつけてはいたのだけれど。昔肺を患った後遺症で、母は症状が悪化しやすく、年齢的に回復も遅い。同じ屋根の下で生活する以上、健康管理は自分だけの問題ではないのだと改めて痛感。

十日近くも家を空け、帰郷後も寝込んだりしたので、片付けなきゃいけない事柄が山積み。東京で背負い込んだ面倒も一つ一つ解決していかなければ。ということで、今日は代車で朝から動き回る。
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夕方、伊佐爾波神社で昨年購入した熊手を奉納。酉の市をやる神社ならどこでもいいのかと思っていたのだけど、いつでもどうぞって神社ばかりではないらしい。これで新宿花園神社で買った新しい熊手を飾ることができる。
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