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2009/09
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塞翁が馬とは言うけれど
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今日は「桃園文庫」の一周年記念イベントの日であり、つい先日仲良くなったばかりの人の誕生日というめでたい日であり、友人から突然の訃報を受けた悲しい日でもあった。

亡くなったのは、一昔よく通っていた下北沢のバーで働いていたUさん。
36歳、ガンだったそうだ。
辛いことが続いたあの頃、そんなに飲めないのに毎日のように一人でバー通いできたのは、いつも優しく悩みを聞いてくれるUさんがいたからこそ。同い年だけに共感できることも多く、人より複雑な想いを重ねてきた彼女の言葉にはずっしりと重みがあった。

36歳という若さ。あまりに早過ぎるだろう。
まだまだこれから手に入れるべき幸せがたくさんあったはずなのに。
残念ながら式には参列できないので、弔電を送った。

Uさん、ありがとう。
ご冥福をお祈りします。
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ポリフォン 54型 ミカド
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母に付き合って、セキ美術館で開催中の洲之内徹「絵のなかの散歩」展へ。
松山で生まれた洲之内徹が亡くなって22年。彼が評してきた日本、そして愛媛ゆかりの画家たちの作品70点余が一堂に展覧できる。戦後の日本美術・文化に多大な影響を与えた洲之内徹の人生の軌跡。そう銘打った美術展。ただ、母ほど興味はなく、実際に絵を見ても特に琴線に触れるものはなく。

印象に深く残ったのは絵ではなく、ロビーに常設されているドイツ「ポリフォン社」のアンティーク・オルゴール「ポリフォン 54型 ミカド」だった。直径62.5cmのディスクを使用するこのオルゴールは、ポリフォン社のディスクオルゴールの中では、最大直径のもの。1ペニーコインを入れると1曲演奏される仕組。
美術館の静寂の中に、突然響き渡る美しい旋律に心奪われる。今までに聴いたこともない多彩なメロディで、オルゴールならではの心鎮まる音色。ディスクを替えればいろんな曲を演奏させることができるのだが、これは正直欲しいと思った。たかがオルゴールと侮るなかれ、この音色を一度聴いたら、虜になること間違いなし。ドイツ製なのに、「ミカド」という和名の愛称がつけられているのも素敵。

今夜は久しぶりに真っ暗な大谷池の展望台で満天の星空を見上げた。
たまには
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昨日東京から戻って、今日は離職後に必要な手続きや、銀行へ行ったり、諸々の買い出しなどで朝から忙しく動き回る。スケジュールが詰まっているときほど、ほんのちょっとできた合間で洋服を買いたくなるという不思議な習性があって、全日空ホテルにテナント入りしている「DIESEL」でコートを衝動買い。勢いで上から下まで買い揃えてしまいそうだったがよく自制した。

夜は、ワシントンHの「ガスライト」で軽く食事をした後、松山で朝方までやっている貴重なカフェでお茶。たまにはこうやって人と食事をしたり、たわいもない会話を楽しむ時間もないと。
後楽園
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早い時間から出かけようと思っていたのに、計画的に前夜は早く寝ようなどという芸当は出来ない性質なので、結局朝はなかなか動き出せず、ミスドで遅い朝食なんぞ摂りつつ、ゆるゆると出かけることに。

本当はラクーアに行くつもりで水道橋まで行ったのだが、そんな調子だったので後楽園でまったりコースに切り替える。ゆるい乗り物に乗って、ちょっとばかし高い場所から都内を見下ろし、施設内のカフェで和パフェを食べたらタイムオーバー。

一週間の旅程の中で、余りにいろいろあり過ぎた今回。頭の中ごっちゃごちゃ。
松山に戻ったら温泉にでも浸かりながら、ゆっくりと物事を整理しなくては。
五右衛門ロック
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劇団新感線の舞台を映像化した人気シリーズ「ゲキ×シネ」の『五右衛門ロック』。観ようと思ったときには上映期間が終了していて、ローカル巡業でなんとか観られないものかと調べていたら、ちょうどこのタイミングで東京に戻って来ることを知り、喜び勇んで銀座の映画館へ。

レギュラー陣の安定感はいつものことながら、今回はひたすら森山未来くんがキラッキラ輝いていた。ちょっと前のクールで国営放送にて放映されていたドラマ「リミット 刑事の現場2」は、久しぶりに興奮してのめり込んで観た作品だったが、そこで繰り広げられる先輩刑事役の武田鉄也さんとの、彼の迫真の演技。その迫力たるや、思わず手に汗握って身を乗り出して観てしまうほど。森山未来、なんて末恐ろしい役者なんだと思った。

エンタメ要素満載の新感線の舞台は、いつかきっと生で観てみたいと思うが、それはいつのことになるのやら。
今市の朝
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昨夜遅くにお邪魔したのでお目にかかれなかった二人のかわいい子供たちの話し声で目が覚める。ソファーに腰かけ、窓から差し込む穏やかな日差しを浴びつつ、心地よい寝覚めに伸びをする。
夫婦が並んでキッチンに立ち、朝食を作る後姿って素敵だ。

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庭にはトマトやピーマンが植えてあったり、屋根から大根が吊るされていたり、子供たちの遊具もたくさん。昨日の「COCOLOYA」から引き続き、AYUMくんが手にした、彼の宝物のようなライフスタイルが垣間見え、こういう場所でくらしていても、家族がいて、仲間がいて、自分さえしっかりと確立されていれば、やれることって結構あるんだなと感心。

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彼らの大事な大事な一番の宝物たち。
二人ともめちゃくちゃキュート。別れ際「なんだか寂しくなっちゃったよ」と切なげな表情で手を振ってくれたnocoちゃん、また会いに行くからね。

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自分の店に向かう前、わざわざ遠回りをして山間をドライブに連れていってくれたAYUMくん。
そして別れ際に連れてってくれたのが、地元ではかなり有名、雑誌でも紹介されたかき氷屋「松月氷室」。山中の湖に張った天然氷でつくったかき氷は、新雪のようにふわっふわで、かき込んでも不思議と頭にキーンとこない。オーダーした甘酒シロップも相性抜群でめちゃくちゃ美味しかった。
AYUMくん、突然おしかけてゴメンね。お世話になりました。
COCOLOYA
庄内初日と二日目は父の配慮もあってか、シルバーウィーク中の当日予約でも奇跡的に宿を取ることができたが、流石に三日連続でそんな奇跡は起こるはずもなく、昨夜の宿は仕方なくモーテルへ。還暦を迎えたおじさんと男二人でモーテルって…。でも車中泊より全然いいだろうと派手派手しいイルミネーションのモーテルで一夜を過ごした。ベッドはIさんに譲り、ソファに横になって寝たが、結構快適でした。

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そのモーテル、実は三年前に両親と泊まった「九兵衛旅館」からすぐそばにあって、その懐かしい景色にもう一度触れたくて、今朝鶴岡を発つ前にちょっと立ち寄ってみた。父が愛読した藤沢周平に縁のある、最高の思い出が詰まった旅館。もちろん中にまでは入れなかったが、門前に立つだけで泣きそうになった。

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早くもUターンラッシュが始まったのか、東北道は大渋滞。予定より2時間以上もかかって、宇都宮まで送ってくれたIさんと別れる。彼はこれから長野に向かい、あと3つほど山をやっつけてから帰るらしい。

本来この寄り途は予定になかったのだが、昨夜福島でライブだったマスピ土田くんから、共通の友人である画家のAYUMくん宅にお邪魔しないかと誘われ、いい機会だしとお呼ばれすることに。

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宇都宮から電車で今市という町へ向かい、AYUMくんの店「COCOLOYA」へ。

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目利きの彼が蒐集した骨董品や、AYUMくん自身の描いた絵が展示販売されている。
一角には彼の工房もあり、創作活動に没頭できる場所があることを羨ましく思った。

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夕飯は、彼の店の向かいにある「日光珈琲」という洒落たカフェでオムライスを。
雰囲気も良く、店主自ら焙煎して淹れてくれたアイスコーヒーは絶品だった。

閉店後もまだまだ話し足りない3人は、近場の「COCO'S」に場所を移して遅くまでくっちゃべる。滅多に顔を揃えることのないこの3人だが、深夜トークはいつも激しく熱い。
約束の山
4時前起床。誰もいない真っ暗なフロントに鍵を置いて宿舎を出る。
コンビニで買った弁当を駐車場で食べ、いざ出発。

昨夜は星空が広がっていたのに、明け方になると厚い雲が。
一昨年、降水確率10%以下に拘ったが故に、延期を重ねた末に結局中止となり、今年こそはと約束をしていたのに、果たせぬまま父は逝ってしまった。当時から絶対的なまでに晴れ男ぶりを自負していたのだし、強行していれば結果オーライだったかもしれないという後悔の念は、あの後も強くなるばかり。でもそれを実証するためにも、今日が快晴でなくてはならない。Iさんにも「今日がすっきりと晴れなければ、僕は晴れ男を返上します。いくら雨が降らなかろうが、曇り空でも、今日に限っては晴れなければ意味がありません」そう宣言していた。

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車を走らせ、前方に鳥海山がその姿を現す頃、雲は風に千切れ、普段は雲で隠れることが多い頂上片側部分も、きれいに見られるように。

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6時頃登山口に到着。比較的人が少ないはずの登山口なのに、駐車場はほぼ満車状態。それでもなんとかスペースを見つけ、昨日より重装備を身につけ、心もきっと引き締めて一歩踏み出す。
もちろん、背中のリュックには父の遺灰が。

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流れてくる雲は、刻一刻と表情を変えながら、影を作ったり、秋色の山とのコントラストを描いてみたり、気付けば一瞬で吹き飛んでしまったいたり、鳥海山の豊かな表情をいくつも見せてくれた。

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雲の彼方にてっぺんを覗かせるのは、昨日登った月山。

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鳥海山の見どころの一つ、残雪。
実はこの雪の床下は空洞になっている。

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すっかり紅葉しきっているのではなく、夏の緑も残しつつってところがいい。

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眼下に浮かぶ細かく千切れた雲の上と下では、空の色が違う。

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月山だってキツいじゃないかと思ったが、鳥海山の比ではなかった。その証拠に登山中盤からはほとんど口もきかず、黙々と次の一歩を踏み出すことに専念していた。
やっと頂上、と思ったところからが大変で、一歩踏み外せば転落死という恐怖の岩場を、足が震えそうになるのを必死に堪えながら、それでもやっぱり腰が引けてしまいつつも、それこそ死んだ気になって気力を振り絞ってなんとか登頂。

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5人でも充分狭い頂上に、20人近くの人がひしめき合っており、さらにここを目指して何十人もが長蛇の列をなしている。
バンジージャンプで解消したはずの高所恐怖症が、一時的に、以前よりも強く甦っている身としては、平然と立っているように見えるが、心の中では「狭いんだから、もうオマエら来んなーっ!!」と大声で叫んでいる。

写真を撮ってもらった後、背後から声がかかる。振り返ると、見てるだけで心臓の鼓動が3倍は早まるような断崖絶壁に立ったIさんが手招きしている。父の遺灰が入った小さな骨壷を、そのまま納められそうな絶好の場所を見つけたという。確かに、そんなところには誰も足を踏み入れないだろうし、その岩場に空いた穴の奥底に手を入れようとする人間はきっといないだろう。
気持ちを奮い立たせてIさんのもとに歩みより、父の遺灰をその場所へ。骨壷を納め、Iさんと二人合掌。
どうだい、親父。最高の景色だろ。

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がくがくになった足もなんとか最後までもちこたえ、15時30分に無事下山。
帰りに父と宿泊する予定だった宿泊施設「鳥海山荘」の温泉に入り、疲れを癒す。

一人じゃとても登れなかった鳥海山。生きていれば78歳の父でも登れただろうか。いや、きっと登れたんだろうな。Iさんがどれほど誘っても、この山だけは息子と登るといってきかなかった鳥海山。死ぬ間際、他の誰の何という励ましの言葉より、「一緒に鳥海山に登るんだろ」という一言に生きる気力を見出していた。果たせないままの約束を、果たしたことにはならないけれど、少しだけ気持ちが楽になった気がしなくもない。つまりはそれが自己満足でしかないことはよく分かっている。でもそれでも、これをクリアせずして先に進めないことは分かっていたから、登ってよかったなと心から思う。
月山
通常山登りは夜明け前に出発し、お昼には登頂、縦走でもない限り明るいうちに下山が原則。
でもベテランのIさんが今日は宿で朝食を摂ってからゆっくりの出発でいいというから、朝風呂に入って、朝食後に朝ドラまで見た後に出発。

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昨日は到着が遅かったのでよく見えなかったが、宿から臨む日本海。

登山口に向かう途中、3年前に両親と訪れた庄内の懐かしい風景が、次々と車窓を過る。
3人で食事をしたレストラン、写真を撮った橋、羽黒山への登山道…。当たり前のように父がいた風景。何をするにも、彼が家族の中心で、例え旅先でさえ、父がいたからこそ抱けた安心感がそこにはあった。

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10時過ぎに登山口に到着。
登山靴に履き替えて、ストックを1本持って、いざ。

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傾斜はなだらかなのだが、足場はごつごつとした岩がたくさん転がり歩きにくい。

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若干雲が多いけれど、合間に覗く青空は抜けるようなスカイブルー。

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登山道は既に紅葉が始まっており、緑とオレンジ、そして空の青とのコントラストが美しい。

お喋りが大好きなIさんは、道中父との思い出話をたくさんしてくれた。その中には、息子としてそれは聞かなかった方がよかったのではというエピソードもいくつか混じっており、さらには社会主義崩壊というキーワードからは通常絶対に結びつかないような過激な会話なども繰り広げつつ、もし天上から父が聞いていたら、顔を真っ赤にして怒ったんじゃないだろうかという内容も。

皿が嶺レベルだから楽勝という言葉を真に受けて上った月山だったが、景色は言うに及ばず、緩いながらも百名山に恥じぬキツさがあった。明日に向けてのウォーミングアップとしては、ちょっとキツ過ぎだったんじゃないだろうか。でも、紅葉の月山は非常に美しく、無理してでも登った価値は充分。

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シルバーウィークに予約もなしで国民宿舎など、通常取れるものではないはずだが、電話したタイミングの直前にキャンセルが一件出たところらしく、今夜もかなりいい宿を確保。明日に備えて身体を休めておけという父の配慮だろうか。
いよいよ。いよいよ明日だ。
庄内へ
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準備不足もあって寝不足。それでもなんとか4時半に起きて、登山用リュックを背負って松山空港へ向かう。機内では座った途端に爆睡。

羽田に到着すると、以前皿が嶺にも一緒に登ったくれた父の登山仲間、Iさんが待っていてくれた。
早速Iさんの車に乗り込み、激混みの首都高を抜けて東北道へ。一路庄内へ向かう。

百名山制覇まであと五座に迫るIさんは、自分の車で北海道から鹿児島まで縦断。高速料金が安くなったのは、何よりの朗報だったに違いない。
今回はシルバーウィークと重なるため、明日からは料金を気にせずに高速に乗り放題。だから彼の当初のプランでは、今日の24時までSAで時間を潰し、車内で休眠を取って明朝そのまま登山の予定だった。

いくら年齢は若くても、Iさんほど体力に自信はなく、今夜車内泊は厳しいなぁと思っていたのだが、お喋りに夢中になっていたせいか、まだ夕方にも関わらず鶴岡インターを出てしまったIさん。実は気付いていたのだが、代金を負担してもいいから今夜は宿に泊まりたいと思っていたので、ストップをかけることもなく料金所通過。気付いたIさんが「あっ!」と声をあげたときには後の祭り。

いつまでも失策を悔やむIさんに、「宿代は出しますから」と慰めて、ガイドブックで見つけた海沿いの国民宿舎「うしお荘」へ向かう。

ちゃんとした食事も摂れ、日本海を臨む温泉にも入れ、ほっと一息。
布団に横になった途端、秒殺で眠りについたIさんの鼾を聞きながら、リュックの中の父の遺灰をそっと取り出す。いよいよ明後日だよ、父さん。

明日は明後日の本番に備え、ウォーミングアップも兼ねて「月山」にアタック予定。
Iさんに言わせれば「皿が嶺」と代り映えしないお手軽コースだと言うが、ここ数カ月まともに身体を動かしていないし、「月山」だって百名山の一座だ。油断大敵。
ということで、今夜は早く寝よう。
遅れて咲いたニチリンソウ
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廃業後4ヶ月半もの間、見なし賃金を支払ってくれていた前職場とも一昨日とうとう縁が切れてしまった。なので、今日は役所へ行って年金と保険の変更手続き。苦しくなったからといって、手続きをしても即減免などの措置を取られるわけではなく、反映されるのはかなり後。今が苦しいのであって、その頃には状況も変わってるんじゃないかと思うが、お役所にそんな言い分が通用しないのは分かっている。

今頃になって、庭のちいさな向日葵が満開。もう夏も終わったというのに。
明日からいよいよ鳥海山アタックのために山形は庄内へ旅立つ。
マスピ来松 4日目(最終日)
快晴。久しぶりの気持ちよい目覚め。
マスター土田の淹れてくれたモーニング珈琲を飲みながら、彼の演奏するピアノを聴く優雅な朝。

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ピアノの音色を聴きつけて、ウチの庭まで遊びに来てくれたお隣さんの子。
「これ、落ちてたよ」と、植木鉢の底に敷くネットを拾い上げる彼女はめちゃくちゃキュート。

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reiちゃんとたっくんは、父が生前とても可愛がっていたお隣さんの兄妹で、そのご両親も父のことを非常に慕っていてくれた。だから父の死を知った時、お母さんはまるで自分の父が亡くなったかのように「私、これからどうしたらいいの」と泣き崩れたし、お父さんは「自分にできることがあったら何でも」と真剣な顔で申し出てくれた。
自分の子は二人とも遠く離れた場所で生活し、息子は孫どころかいまだ結婚さえしない道楽者。せめてそれくらいの親孝行はとずっと思っていたのに、結局叶えることができず、本当に心苦しく思っていた。
でもreiちゃんとたっくんの存在を知っていたから、彼らを自分の孫のように可愛がっていたのを知っていたから、彼らのご両親を子供のように世話していたのを知っていたから、少しだけ罪悪感も薄れた。
土田くんにお願いして、彼らでも知ってそうな曲をたくさん弾いてもらう。動かなくなった猫のぬいぐるみの電池を替えてやる。彼らのためなら、今できることは何だってしてあげたいと思う。

昼食までまだ少し時間があったので、石手川ダムまでドライブ。
食後、名残惜しそうな母に別れを告げた土田くんを、今日は四国カルストに連れて行く。
今夜東京へ帰る土田くんのバスの時間まで、余裕はたっぷりあると思っていたのだが、目的地までの距離は想像以上に遠かった。

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久しぶりに訪れた四国カルスト。石鎚山系に属し、標高は結構高い。強風に晒されている山のてっぺんは広大な牧場になっており、所々に風力発電の風車が立っている。夕暮れ時、時間もなく駆け足になってしまったけど、それでも来てよかったと思える爽快さ。土田くんも、何気にここが一番気に入った模様。連れて来られてよかった。

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ススキ野原の向こうに太陽が沈もうとしている。暗くなる前に、というより、土田くんのバスの時間が迫ってる。急いで山道を下り、少しだけ残った時間で軽く夕食を。
あっという間の4日間だったけど、マスピ土田くんとだからこそ過ごせた地元時間はとても楽しく、素敵な時間だった。他人の来訪を極力避けたがる母も喜んでいたし、また是非遊びにきてほしい。
マスピ来松 3日目
もう雨男は卒業したのだと本気で抗議する土田くん。確かに昨日一昨日は見事な晴れっぷりだったが、彼にとってのメインイベントだったはずの「讃岐うどんツアー」当日である今日は、朝から雲行きが怪しい。松山自動車道を走り始めた頃から降りだし、香川にいる間は終始どんより雲から小雨が。

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本日一軒目の讃岐うどん屋は、その昔村上春樹も絶賛したという「中村」。何気に期待度ナンバー1。
ナビに翻弄させられながらようやく辿り着いた、民家をそのまま店にした感じの素朴なお店。でもその前には、まだ早い時間にも関わらず、人も車も長蛇の列。

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1時間半ほど待って、ようやくありついたうどんを、軒先に並べられた椅子に座って食べる。

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で、味はどうだったかというと…。
「ん?」、な感じ。
食べ終わって帰っていく客たちの顔つきからして、そんな予感はしなくもなかったが、これだったらもっと美味い店は松山にもあるぜ、と言いたい。
讃岐うどん特有のコシもさほどなく、感動どころか待たされた時間にはとても見合わない味。
まだ一軒目なのに。

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気を取り直して、二件目の「山越」へ向かう。ここにも、長蛇の列。
当初ここはプランに入っていなかったのだが、昨日「青空食堂」の店長さんに勧められて、急遽追加したお店。店長さんは、ここが一番だったらしい。何気にそういう情報が一番確かだったりするので、改めて期待。

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で、ここはどうだったかというと。
先の「中村」と、この後訪れた「山下」のうどんの画像を見比べてもらえるといいのだが(ま、ほとんど同じ画像に見えちゃうんだけど…)、麺に艶があって、「山越」のうどんにはシマリがあるように見えないだろうか。実際、コシもしっかりとあって、個人的にはここが一番。

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そして最後に訪れた「山下」。うどんを茹でている釜を近くで見られ、作っているおばちゃんたちがとてもフレンドリー。そんなこともあって、土田くん的にはここが気に入ったらしい。
でも最終的な結論としては、うどん食べにわざわざ本場の讃岐を訪れる必要はないということ。最近は四国他県に限らず、東京でもそれなりに美味い讃岐うどんを提供する店はあるし、何時間も待たされてあの程度なら、近場でいい店を探すことをお勧めする。

帰りに高速を降りて一般道を走っている途中、またもや土田くんの気になる看板。

「西条市考古歴史館」

「行ってみる?」と聞くまでもなく、小高い丘の上にある弥生式住居を模した建物へ。

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内容は、松山で訪れた考古館とさほど大差なく、しかもここには土田くんが「なりきる」ための衣服試着コーナーもなかったので、さっと流すように見物。ただ最上階からの展望は素晴らしく、西条市を眼下に一望できた。晴れてればもっと気持ちよかったはずだけど。画像は火を熾す土田原人。

夕食は、廻っているわりに結構美味い回転寿司。その後、学生時代に友人とよく訪れた北条の海までドライブ。当時はデートの定番カフェだった(というか、ちょっと洒落たカフェっていうとそこしかなかった)「ベティクロッカーズ」へ。あの頃からすると嘘のような閑散ぶりの店内でまったりと過ごし、帰宅。
明日は晴れるといいのだけど。
マスピ来松 2日目
今日の夜まで車がないので、まずはバスで四国八十八か所の51番札所「石手寺」へ。いくら有名な四国遍路寺とはいえ、寺は寺。もっといい場所ないのかよと思われがちかもしれないが、この石手寺はちょっと違う。tellとの3年前のばっ旅でも好評だったが、今回の土田くんも興奮気味。ま、あの洞窟は誰でも驚くよな。

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土田くんは特にこの曼荼羅がお気に入り。

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次の目的地へ行く前に、母のパスポート申請手続きに抜かりがあったので、湯築城址公園を徒歩で抜ける。パスポートセンターに到着すると、一枚だけ羽化に失敗して飛べない蜻蛉が、壁にへばり付いている。立派な蜻蛉なのに。

再び電車に乗り、市街地へ。「大街道」と「銀天街」という二大アーケードを抜ける。ま、東京の人間をこんなところに連れてきても、全く感動はないことは分かっていたけど。

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松山市駅でタクシーを拾い、土田くんが興味を示した「松山市考古館」へ。バラバラになった縄文時代の土器を復元させるコーナーがあったり、弥生時代の松山市内地図が見られたり。個人的にはそんなものにさほど興味はなかったのだが、入口付近にあった当時の衣服を身につけられるコーナーでは、土田くんの「なりきり」っぷりに大爆笑。

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突撃~!!

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Tシャツもジーパンも脱ぎ棄てて、本格的になりきるマスピ土田。
館内案内のおばちゃんも爆笑。

土田くんのおかげで、最高に楽しかった考古館を後にし、時間まで近場のカフェでお茶。ある程度長居すると出てくる「こぶ茶」にはやはり驚いていた。以前は「もう帰れよ」的な意味合いだったが、最近では「ゆっくりしてってくださいね」的なニュアンスになりつつあるらしいというが、真偽のほどは不明。

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空港まで結構な距離を歩き(客人をどれだけ歩かせるんだ)、ようやく車を手に入れる。先日衝動買いしたVAIOを取りに行き、昨日から放置している自転車も後部スペースに積載。そしてようやく夕食。ウチから車で10分くらいのところにある「青空食堂」へ。有機栽培の新鮮食材を使用した和洋折衷の洒落たダイニング。閉店間際、明日の「うどんツアー」や四国観光に関するアドバイスなど、気さくな店長さんと楽しく話す。いい時間だった。
マスピ来松 初日
今日からマスピこと土田くんが来松。
「遊びに行くから」と言ってはくれるものの、家庭の事情や仕事に忙殺されて、実際に遊びに来られる友人は少ない。だいたい四国は遠すぎるのだ、東京から。飛行機のチケットなんて、正規で買ったら格安の海外旅行2泊3日ツアーより高かったりする。そりゃ観光客の足も遠のくわ。

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午前10時頃、深夜バスで到着した土田くんを、チャリで松山駅に迎えに行く。チャリは駅前の駐輪場に置いて、路面電車に乗って市街地へ。
まずは松山城へということになったので、その前に腹ごしらえ。『sova-sova』という洒落た店に入り、「瀬戸おろし(ざる蕎麦を大根おろしと麺つゆで食すもの)」と、親子丼のセットを注文(画像は土田くんオーダーの、天丼とのセット)。雰囲気もいいし、結構美味。

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松山城へはロープウェイとリフト、どちらでも上れるのだが、土田くんはリフトを選択。
天気もいいし、足ぶらぶらできるし、絶対正解。

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松山城天守閣へ向かう途中、城のキャラクターなんだか分からないオトボケ侍と記念写真を撮る土田くん。いかにも観光客っぽくて笑える。

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城内に入ると、甲冑を試着できるところがある。武器や書物などには全く興味を示さなかったが、嬉々として甲冑に身を包み、すっかり侍になりきる土田くん。
これをきっかけに、彼はこの旅の中で何度も「なりきり君」になることに。

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帰りは歩いて下城し、先日まで試験勉強のため通学していた我が母校を経由して、道後温泉へ。風呂には早い時間だったが、今日は他にすることも見当たらず入館。
道後温泉に入ったの、いつぶりだろう。幼いころ、毎週のように祖父に連れられて行ったけど、成人してからは、もしかしたら初めてかもしれない。
しかし湯質が落ちたと聞いてはいたが、本当だった。定宿ならぬ定風呂にしている「姫彦温泉」の方がよっぽどいい。あれじゃウチの風呂に入ったのと変わらないじゃんか。日本最古の温泉も、堕ちたもんだ。

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風呂上りにはビールを飲みたいだろうと思い、先日前職場の上司も連れてきた、道後温泉の向かいにある「麦酒館」へ。夜は母が餃子を作ってくれることになっているので、軽く数品とビールだけ。それにしてもここのじゃこ天は、いつ食べても最高。

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温泉からアーケードを抜けて、道後温泉駅前へ。
夕暮れに佇む「坊っちゃん列車」。

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そしてアーケード入口付近の広場にある「坊っちゃんからくり時計」が19時を合図に動き出す。
これ見たさに観光客がぞろぞろと集まってくるのだが、実際それなりに楽しめる。

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帰宅後、母と一通りの挨拶を交わした土田くんは、餃子作りに挑戦。
ウチの餃子は水餃子で、皮から作るのだが、彼には具を詰める作業を担当してもらう。
この齢まで折り鶴さえまともに折ったことがなかったという、意外に不器用な面もある土田くん。やっぱり餃子の具詰めも下手っぴでした笑
てか、タンクトップの上に母のエプロンしてるから、もうその画面だけで笑える。

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母の餃子をたらふく食べた後は、リビングで土田くんの淹れてくれた珈琲を飲みながら、masterpeaceホームライブ。姉が弾かなくなって久しい、調律も全くしていないピアノを、マスピ土田くんが奏でる。母の知っている曲など、リクエストに次々応えてくれる土田くん。彼のワンマンには行けなかったけど、まさか実家で彼の生演奏が聴けるとは。彼が唄う「サヨナラcolor」を聴きながら、「あぁ、この場に父もいたらな」なんて思うと、涙がぽろぽろと零れた。
嬉しかったのは、自分や母だけでなく、ピアノも同じだったらしい。彼が一曲、また一曲と奏でるたびに、そのメロディは軽やかに、まるで歌うようにその旋律を奏でる。ろくに調律もしていなかったピアノが、演奏を終える頃にはすっかり音程も整い、いっぱしのピアノ然としていた。不思議なこともあるもんだ。

寝る前に、2キロほど先にあるコンビニまで二人で、いろんな話をしながらゆっくりと散歩。
近くに話せる友達もおらず、ずっと心のうちに溜め込んでいたことなどを一気に吐き出す。
旅の疲れもあっただろうに、夜遅くまで付き合わせてしまって申し訳なかったが、おかげで心が少しだけ軽くなった。
せっせと
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日曜に体調を崩し、久しぶりに高熱を出して倒れる。母にうつさないよう心がけるも、病床に誰かいてくれることの心強いこと。毎度健康を損なう度に、もうそろそろ独り身もという気持ちが過ったりするのだが、そんな日はまだきっと遠い先のこと…。

今週は土田くんが来松予定だし、いよいよ来週には鳥海山アタックを控えている。ということで、慌ただしい日々が到来する前に、母と行く中国旅行の準備をそろそろ整えなければ。パスポートの申請に行ったり、必要なものを買い揃えたり。そんな中で訪れた家電量販店で新型VAIOを衝動買いしたり。できれば年内にと思っている一人旅のために、YHの会員証も作っておいた。

夜は、いつか時間ができたときにと思っていた、今までに書いた作品や、過去に使用した携帯データの整理など。J-Phoneの時代からvodafone、au、そしてi-phone(softbank)。親父も、その親類縁者の多くも、電電公社の時代から現NTTに生涯を捧げてきたというのに、docomoユーザーになったことがない。因みに母はau。でも姉はdocomo。母と姉と三人で各々違うキャリアを使用しているのも間違ってると思う。けど、やっぱりdocomoを選ぼうとは思わない。特に意図はないんだけど。エヴァのネルフ携帯が出た時はかなり揺らいだし。それにしてもiphoneめ、いまだに使いづらいぞ。
父が遺したものたち
昨日はさくらそうの鉢を乗せていたブロック塀を移動したり、大量の不要な鉢を処分したり。今日は、植木の支えにと山から拾ってきていた竹枝を、業者に回収してもらえる大きさに鋸で切ったり。父が遺した庭に纏わる諸々の庭仕事を、母と一緒に。生前はあれもこれも、全部父一人でやっていたのだと思うと、今更ながらにその衰えぬ体力に脱帽。よくもまぁ、あんなに重いブロック塀をいくつも一人で運べたものだ。
でも庭仕事を終えた後の爽快さは格別。

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庭で、珍しいものをみつけた。
なんだか分かるだろうか。

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もう少し近寄ってみると…。
分かったかな。

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さらに近寄ると…。
枝に見えた細長い薄茶色の物体は、なんとナナフシ。真ん中あたりに、ぎょろっと緑色の目があるのが分かるだろうか。ちょっとエヴァっぽい。
長い脚でにょきにょきと歩いていたところを発見し、急いでデジカメを取りに戻り、再び見つけたときは完全に木の一部になっていた。
生ナナフシ、初めて見た。しかも動いてたし。感動。

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昨日降った雨で落ちた百日紅の花が、蜘蛛の巣に引っ掛かっていた。
蜘蛛の身体って、光を反射すると結構美しいのだ。

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庭作業を終えて、母と皿が嶺へ。月末の台風で、松山では甚大な被害こそなかったものの、それなりに強い雨が降ったから、その影響で父が植えたライラックが流されたりしていないか気になっていた。

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ライラックは無事、元気に育っていて一安心。でも前回、周囲に植えたさくらそうは全てなくなっていた。雨で流されたのかもしれない。
これからも時折様子を見に来るつもりだが、ライラックの木だけはずっとずっと、元気に育ってほしい。
また暖かくなったら、今度は皿が嶺に一人で登ってみようかな。
ホッタラケの島 遥と魔法の鏡
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叔母宅に荷物を届けたり、庭の剪定挟みなど必要な買い物を済ませ、母と映画『ホッタラケの島 遥と魔法の鏡』を観に行く。監督は佐藤信介。
この夏観たかった二本のアニメ映画、『サマーウォーズ』と『ホッタラケの島 遥と魔法の鏡』。母と観に行くならこっちだろうと思って連れていったのだが。

どれほど大事にしていた「宝物」でも、やがてあまり使わなくなって、いつの間にかどこかへいってしまい、そのまま見つからない品物の数々。それらは単純にどこへやってしまったか思い出せないのではなく、大切にしないで「ホッタラケ」にしちゃってるなら、「持ってっちゃってもいいんでしょ」とキツネに似た生き物が、「ホッタラケの島」に運んで行ってしまうのだという。もうその設定だけで完全勝利だと思ったし、3DCGアニメーションも半端なかったのだが…。

これほどの設定がありながらも、イマイチ物語に入りこめなかったのは、やはり脚本なんだろうなぁ。いくら設定が巧かろうが、人物の内面を深く描けていなければ、ただ映像が美しいだけの娯楽アニメでしかない。ターゲットにした年齢層を低く見積もったせいなのかもしれないが、宮崎駿の『ポニョ』は5歳の少年が主人公だけど、大人でも充分深く考えさせられる物語だったし。すごく期待して観た映画だっただけに、とても残念。
再び松山へ
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昨日帰るはずだったが、台風が来ていたこともあり、急遽今日の便に変更。
昨夜は友人夫婦に奄美の店に連れていってもらった。

空港までの経路を少し変更し、ちょっと遠周りにはなったけど、押上で一旦下車して、気になっていた第二東京タワーの出来具合いを確認。画像だとなかなか伝わりづらいが、かなりの迫力。
まだ少し時間もあったので、マスピ土田くんとよく行った「spicecafe」でカレーでもと思ったが、開いておらず。残念。

松山空港到着後、洲之内徹展の開催記念座談会に出席していた母を車で拾って帰宅。
あっという間の5泊6日。いろいろあったなぁ…。
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