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百日紅
父が大好きだった百日紅が咲いた。
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紅い花と、ピンクも。
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今日は夕方から雨。深夜まで結構な雨量で降り続いている。
折角咲いた花が、落ちてしまわなければいいけど。

地下水位は平年並みに回復したみたいだけど、でもダムの水位が一向に上がってこないのは何故だろう。底が抜けているのではという噂も。

夜、電話をくれて久しぶりに話したtellに、最近はもうすっかりブログの画像も花ばかりになってと笑われてしまったが、しょーがないのだ、ヒッキーなんだから泣
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P.Sみそ汁定食
短パンに雪駄でぼんやり朝焼けを眺めたりしていたせいか、気温が上がり始めた頃に寝床に入るため寝汗をたっぷりかくせいか、最近ちょっと風邪気味だったりしたのだけど、今日は夕方くらいから急にヒドい頭痛に見舞われた。

活字を追うのも仕舞い込むのも苦痛だったので、一先ず風呂にでも入りに行くかと、母を誘って「かんぽの宿」へ。
いつも行く温泉が来月7日まで改装工事のため休業しているからなのだが、交通の便が悪いためか、「かんぽの宿」に纏わる悪評のためか、入浴客が少なくて落ち着ける。
サウナはないけど、旅館の大浴場だけあって、露天は広くていい感じ。
それにしても年寄りばっかだったなぁ。
入浴客の平均年齢は65から70歳くらい。
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先週から、松山では毎年恒例の「土曜夜市」が開催されている。
市の中心部を縦横に走る大アーケード、「大街道」と「銀天街」。
その中に店舗を構える商店が、各々店前に趣向を凝らした露店を展開し、そのシャワー効果を狙う。
いつもは疎らな人通りのアーケードも、この時ばかりは渋谷のセンター街さながらに、浴衣や甚平を羽織った若者たちで賑わう。

そっかぁ、そんな季節かぁ。
まだ頭痛も治まらないし、何年ぶりかにその様子を覘いてみようかしら。
とも思ったのだが、男一人で彷徨い歩くのも寂しいし、人ごみに混ざる気にもなれない。

大人しく帰ろうかとも思ったのだけど、ふらっと立ち寄ったコンビニで地方情報誌をざっと捲り、本日公演中の芝居を見つけたので、久しぶりに演劇でも観ようと思う。

「P.Sみそ汁定食」という名前の由来がちょっと気になる地元劇団の第6回公演、『道後・わが町』。
アメリカの劇作家ソーントン・ワイルダーが、二度目のピューリッツァー賞を受賞した『わが町』という戯曲をベースに、ロケーションを松山道後に置き換えて描いた、昭和30年・40年代の、極ありふれた家庭。その普遍的日常。

地元スポンサーもついて市民演劇的な要素が強く、キャストは総勢40名近くなのにほぼ素舞台。
舞台の空間を進行役が口頭で説明するという始まり方も、客席にオープンな袖から演者が台詞を挟むという手法からも、正直期待よりは不安の方が大きかったのだけれど。

スピード感や展開の妙などを一切排除して、日常のスピードそのままに、自然な成り行きで物語は進む。どこかで目にしたような光景や、聞きなれた台詞。斬新さや突飛な感じは全くないのだけど、退屈じゃないし、飽きも来ず、親しみと懐かしみが湧いてくる。
技巧的ではないが、新鮮味と純粋さで思いっきり役を演じるキャストたちが素晴らしかった。
小屋の性質上仕方ないとも思えるが、でも三幕ものにしないでなんとかできなかったのかとは思うが、テーマもしっかりしているし、ストレートな台詞が胸に響く。
偶然にも、過去に絡んだ役者さんが出演していて、終演後には軽く挨拶もできたし、それなりに収穫のある観劇だった。
only to the mind
折角足底板を作ってもらったのに、雨が続いたせいもあって、歩くどころか自転車にも乗らず、ずっと家から出ない生活が続いていた。
さすがに部屋からは出るけど、とってもとってもヒッキーな日々。
13日に前職場の人に会って以来、家族以外とは誰ともまともに会ってない。あ、足底板の鈴木先生には会ったな…。
でもまぁ、そんなことしてる場合じゃないし、誘いがあっても断らなきゃいけないような状況だからいいんだけど。
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最近は7時を過ぎてもまだ結構明るいので、涼しくなってきたところで一区切りつけて、今日は散歩に出かけた。

幼少期を過ごした、通学路や、よく遊んだ友達の家の周辺を散策。
あの頃、いかに狭い世界に生きていたかを実感。

懐かしい景色を目にするたびに、忘れかけていた数十年前の記憶が鮮明に蘇る。
その一瞬は、純粋にその思い出を楽しむことができるのだけど、でもその次の瞬間には、どことなく違和感を覚えて、切ない気持ちになる。その繰り返し。

結局、永遠なんてものは自分の心の中にしかなくて、変わらないものなんて何もないんだ。
そう思ってしまうからだろうか。

帰りに、通っていた保育園の前を通ると、建物は跡形もなく消えて、ただの公園になっていた。
何本かの園樹だけがそのまま残され、いくつか新しい遊具が設置されていた。
通っていた頃から既に老朽化が問題になっていた木造の保育園だったけど、楽しい思い出のたくさん詰まった大事な場所だったのにな。
父の日
5月の第2日曜日が終わると、デパートの催事広告は「母の日フェア」というポップを一文字だけ変えて、ネクタイやらベルトやら財布なんかを陳列棚に並べ始める。
その日は、まだ一ヶ月以上も先なのに。
だから、その「父の日フェア」という広告を見て、思いがけず胸に突き刺さるような痛みを感じたのは、まだ東京にいた頃だった。

そっか、もう今年から父の日は、自分には関係ないんだ。

バレンタインやクリスマスほど派手なイベントではない「母の日」や「父の日」。
実際、「母の日」には思いついたように花を贈ってみたりするけど、でもその程度。
「父の日」なんて、何をしてあげた記憶もない。
あぁ、今年もまた何もしてあげられなかったなぁって思ってたくらいで、電話や手紙で改めて父に感謝の言葉を述べるのも照れ臭かったし、本当に、何もしてあげられなかった。

もちろん、父の日だけが大事なわけはないし、普段から父に対してどれほどの愛情と感謝の気持ちを抱いているか、だったりするのだろうけど。
そんなことは分かっているのだけど、でも…。

もう、何もしてあげられないのだ、どうしても。

いつか自分が父になることはあったにしても、自分にとっての父の日というのは、もうずっと訪れないのだ、永遠に。

そう思うと、ぎゅーっと胸を締めつけられるような切ない思いに駆られる。
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今日は早く起きて、出勤前の姉の車を使えるうちに、母と家族3人でお墓参りへ行き、一旦帰宅後、父が愛し育てた庭の花々を見ながら、母の淹れた珈琲を飲んだ。
正午前から、恵みの…とまではいかなかったけれど、久しぶりに雨。
父が降らしてくれたのだろうか、なんて勝手なことを考えてみたり。

夜は、戻ってきた姉と三人で焼肉屋「いしかわ」へ。
焼肉なんて、久しぶりだなぁとワクワクしながら運転している背後から、洟をすする音。
バックミラーには、後部座席で声をあげずに泣いている母の姿が。
三人揃うと、どうしても父のことが話題になるし、今日は特に、たくさん話したものね。

でもしんみり食べても美味しくないので、焼肉はガッツリと、お腹いっぱいになるまで食べる。
姉の奢りだし、心置きなく上等な肉を。
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食事を終えて、その足でいつもの温泉へ。
今日は特別フェアー開催中で、父親は入場無料だった。
そんな恩恵を受けられる人は、ウチの家族には誰もおらず、いつもよりパパ率の高い風呂場から、いつもより早めに上がって早々に帰宅。

なんだか、長い一日でした。
入谷式足底板
全国的に入梅し、気象情報も各所で雨予報の昨今だが、ここ松山では連日日照り続き。
大学正門前を自転車で通りがかるとき、電光温度計は33℃を掲示していた。
月末からの夜間断水はほぼ決定だろうけど、このままいけば夜間だけに留まらないかもしれない。
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トンボくんものんきに構えてると、池とか干上がっちゃって大変なことになっちゃうよ。

勉強に一区切りつけて、夕方から市内某所で「足底板」を作成。
まだまだ認知度が低く、聞き慣れないかもしれない「足底板」。
要は、自分の足にピッタリのオリジナル・インソールのこと。

たかが靴の中敷きと侮るなかれ、外反母趾や変形性膝関節症、股関節症、各種スポーツ障害、扁平足障害から関節リウマチにまで効果があり、最適な歩行が可能になる。

自覚の有無にかかわらず、過去の傷病や、歩行時の癖で、バランスよく、スムーズに歩けていない人って意外に多い。というか、ほとんどの人がそうらしい。
でも、この足底板を入れた靴で歩くことで、その悪癖は日毎に解消され、本来の運動の能力が回復。
プロ・アスリートの多くは既に使用しているが、歩行障害のある人が、足底板のおかげで普通に歩けるようになったなんてのはよく聞く話。らしい。
だけど実際に、いつも片足びっこを引いていた母の歩行は、足底板によって劇的に良化した。

姉の紹介で、母と同じ「入谷式足底板」を作ってもらうことになった。
帰郷前には、実際入谷先生にお願いできればという話もあったのだが、なかなかタイミングも合わず、数少ないお弟子さんの中でも姉と親しく、松山まで出張に来てくれる鈴木先生に診てもらう。

最初に自覚している身体の癖や症状についての問診。
それから裸足になって姿勢・動作・歩行の特徴を分析、評価。
立ったまま腰を捻って身体のぶれを見たり、間接の動き方や歩行のバランスなどをチェック。
歩くたびに、足裏にテーピングやパットを貼り付け、ゼロコマンマ何ミリのレベルで足の形を誘導し、最良の歩行へともっていく。
こんな感じ↓
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で、決定された足の形を採型し、それに基づいて足底板(インソール)を作成していく。
さらに自分の靴に足底板を入れて立ったり歩いたりしながら微調整を繰り返して、ようやく完成。
それなりに時間はかかるけど、歩行のバランスは明らかに良化。
歩行において日常生活に問題がなくても、日々歩くことの多い人にはオススメ。
スポーツをやる人だったら、運動能力は確実にアップする。
実際、入谷式の足底板を使用している有名選手もたくさんいる。
ヤンキースの松井、マラソンの土佐礼子、セリエAからわざわざ来日する選手もいるし、最近ではエグザイルも作りに来たらしい。

最終的にもらった個人的評価としては、左足の使い方が下手なのと、筋力低下が激しいとのこと。
腰痛もそこから来ているらしい。
頭の中では、一番動けていたときの記憶があって、その意識で身体を動かす。
で、身体がついてってないかというとそうでもなく、脳からの指令通りに動かしちゃうもんだから、関節に相当の負担がかかって身体を傷めてしまうのだ。

折角足底板も作ったことだし、自転車もいいけど、極力歩くようにしなければ。
歩きながら勉強できる方法はないものか。
おめでとう。
帰郷以来ずっとイーモバのもどかしいネット環境に耐えてきたが、本日ようやくADSL開通。しかも無線LAN。でもネットの誘惑に負けないように、極力ノートのフタは閉じるよう心がける。でも開けたらびゅんびゅん。

今日は、不思議な縁で繋がった友人二人の入籍日。
底抜けに明るい彼女と、情熱的なのに癒し系な彼はとってもお似合い。
彼らの築く家庭は、真夏の向日葵のように元気いっぱいで、愛に満ちた幸せなものになるだろう。
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彼女の笑顔にパワーをもらい、彼の言葉に勇気をもらった。
まだ出逢ったばかりだけど、今は遠く離れてしまったけど、これからもずっと友達でいたい二人。
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言われなくとも絶対なるのは分かってるけど、

でもそれでも、どうかお幸せに。

松山より、愛をこめて。
砂漠
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以前、伊坂ファン同士の広瀬未来さんと、どの作品が好きかという話になって、彼女が躊躇なく挙げた作品。マスピ土田くんが「伊坂作品を読むなら何がいいですかね」と尋ねたとき、tellもこの小説を推薦していた。広瀬さんと話した直後から手元にはあったのだけど、実際に読み始めるのに今日まで時間がかかった。伊坂幸太郎の『砂漠』。勉強の合間にちょっとだけのつもりが、面白くて一気に読み終えてしまった。

軽妙な筆致、魅力的な登場人物、微かに異次元的な伊坂ワールドを手軽に楽しむにはピッタリな作品。広瀬さんもブログに書いているが、今回はとにかく西嶋のキャラ設定が秀逸。奥田英朗作品の主人公っぽい感じ。でも、やっぱり『ラッシュライフ』の方が好きかな。伊坂ワールドを堪能したければ、こっちもオススメ。

この作品に限ったことではないが、作中にはニーチェであったり、テグジュペリであったり、三島由紀夫であったり、作者に影響を与えたであろう偉人たちの言葉が数多く引用されている。みんな、個人的に気になっている人たちばかり。読もうと思っているものは間違っていないのだろうな、多分。でも音楽の分野は苦手だ。でも村上春樹然り、優れた作家は音楽にも精通している。食わず嫌いはよして勉強しなければ。

それにしても、労働について勉強し始めて最初に読んだ本が塚田努の『だから山谷はやめられねえ』で、大学に通い始めて最初に読んだのがこの『砂漠』とは。これもまた不思議なシンクロニシティだこと。

結局、重要なのは、「何を考えたか」じゃなくて、「何をしたか」なのだ。
でも何を考えるでもなかった自分の学生生活を振り返ると、いかに無味乾燥な4年間だったかとウンザリしてしまう。だから今を憂えて過去を懐かしむなんてことはするつもりもないけど、力強く前進すべき未来さえ見失ってしまわないように。
その気になって、いつかは砂漠に雪を降らせるのだ。
子猫を拾う
どうやら今年は本当に空梅雨模様。
日中チャリンコ漕いで学校に着いたら、Tシャツの背中はびっしょり。
このままじゃ、延期された断水もいずれ近いうちに決行されてしまう。
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出掛けには水を張っただけだった家の前の田圃に、びしっと稲が植わっている夕暮れ時。
この画像だけ見るとどんだけ田舎なんだって風にも見えるが、実際も結構田舎。

お、なかなかいい画が撮れたんじゃねぇのと思いながら視線を下ろすと、車道に成猫が二匹と子猫が二匹。こいつらの画像も一枚撮らせてもらおうとそっと近寄るが、黒い成猫がさっと逃げ、続いて子猫が一匹逃げる。もう一匹の子猫がじっとして全く動く気配を見せないもんだから、母親と見られる成猫も逃げるに逃げられない。それでも流石にギリギリの間合いに入られると、子猫を案じるような面持ちで、ゆっくりと遠ざかっていった。

一匹だけ取り残された子猫。
コイツ、度胸あるのかバカなのかどっちだと思いながら、よくよく近づいて見てみると、負傷したのか両目ともが塞がっている。目の前で手を振ってみても、全く反応しない。何も見えてないのだ。
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ちょうどいいタイミングで現れた姉に相談し、この時間だと動物病院も閉まっているだろうから、ひとまずウチに連れて帰ろうということに。
怪我なのか、病気なのかの判断はできないが、まずは目の周りの目ヤニらしきものを取ってやる。
引っかかれないように子猫をタオルでぐるぐる巻きにして、濡れた脱脂綿で目の周りを丁寧に拭いてやる姉。こういうとき、看護士であり、何匹も犬を飼っている姉は非常に頼もしい。
まともに動物など飼ったこともない自分は、ただ見守るばかり。
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処置の甲斐あって、狭いけれども片目の視野を回復した子猫は、なんとか一人で歩けるようになった。ミルクも飲ませてやって、元気も出てきた。だけど…。

この近所では、庭を荒らす野良猫は厄介者扱いでしかない。
母も、当惑の色を隠さず、「かわいそうではあるけれど」と子猫を連れて来たことに非難の声を上げる。
明日動物病院に連れて行くまでと思っていたけれど、母の反対を押してまでウチに上げてやるわけにもいかない。
でも、いくら少し視野が回復したとはいえ、元いた場所に戻せば車に轢かれてしまうかもしれない。

ウチで飼ってやるつもりもないのに、軽はずみに手を差し伸べたことが、単に思慮浅薄な偽善でしかなかったような気になって、急に後悔し始める自分。

結局、他に適当な場所もなく、元いた場所よりは少し安全に思える、でも車道には変わりないところに、子猫を置き去りにする。
道端に頼りなく一匹、声にならない声をあげて、微動だにしない子猫。
こんなことなら、成猫二匹から引き離すようなことをしなければよかった。

夜の帳が落ちる頃、走ってきた車のヘッドライトに照らされた子猫は、やはり一歩も動けなかった。
運転手が気付いて轢かれはしなかったけど、このままじゃダメだ。
このまま無責任に放置して、翌朝車道にコイツの死体が転がっていたら…。

そんな悪い想像が過ぎったとき、恐らく父猫なのであろう黒猫が現れ、続いて母猫も現れて、子猫にヘッドライトを照らし続ける車の前に立ちはだかった。そして、停車した車の前で、庇うように子猫に寄り添った。親猫二匹は、労わるように子猫のことをひとしきりなめてやってから、やがて小さな歩幅でしか歩けない子猫を優しく気遣いつつ、ゆっくりと帰っていった。おそらくは、もう一匹の子猫が待つ場所へ。

なんだかまるで、小学生が学校の帰りに捨てられていた仔犬を拾ってきたときのお話みたい。
対極の二人
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先日お墓参りに来たときに供えたしきびが既にぐったりとして葉を落としていたので、新しいものと取り替えた。その帰りに見つけた野辺に咲く花。急な斜面に咲いていたので撮影に梃子摺る。

通常勤務時には全く係りがなかったのだけれど、営業終了にあたり、対立する立場で顔を合わせ、閉館後は個人的に非常にお世話になっているA氏。今日明日と彼が出張で来松しているので、業務の終了を待って、今夜は近況報告も兼ねて夕飯をご一緒することに。考えてみたら、今回の帰郷後、家族以外の誰かと食事をするのはこれが始めて。
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お連れしたのは、以前地方巡業で松山に滞在した女優さんにも紹介した、道後温泉そばの「麦酒館」。上京前にアルバイトをしていた某会員制スポーツクラブの主任だったSさんが店長で、帰松の度にちょくちょく顔は見せていたのだが、ここ数年はすれ違いが続き、今日も本社勤務で不在だという。彼に会えないのは残念だが、ここなら誰を連れてきても間違いないので、接待的な意味合いも含む今回はしっかり予約して来店。

当時の労を労って乾杯をした後は、膝を崩してざっくばらんな話し合い。互いの情報を交換しつつ、腹を割っての事後談は、今だから笑って話せることがたくさんあって、非常に有意義な食事会になったと思う。知れば知るほど似た境遇にある二人が、実は当時の対立した立場においては、真逆のベクトルを持っていた関係だったことも明らかになり、対極の存在というのは、ふとしたきっかけで最も理解し合える間柄になり得るのだということを、身をもって感じたりもした。

途中、店員さんが気を利かせてSさんに連絡をしてくれ、電話で少し話した後に、わざわざ本社から駆けつけてくれたSさんとも念願の再会を果たせた。人との接し方において、師と仰いでいたSさんは、相変わらずとても優しく、彼の下で働く従業員が羨ましくさえ思えた。いつものことながら、サービスもバッチリしてもらって、有難い限り(会計はAさん持ちだったんだけど)。

次回はまた8月に出張があるらしく、その頃は間違いなくテンパっているだろうから、またゆっくりとというわけにはいかないだろうけど、最高の条件下で勉強させてもらっているのだ、頑張ってる姿を見せつけなければ。
ネットでまとめ買い
昨夜もほとんど眠れなかったけど、今朝は一便で東京へ発つ姉を送るために朝5時半起床。
空港からの帰り道、眠気を払うためにいつもの温泉へ。午前9時が札止めなので、一番風呂とは真逆な感じだが、晴れた日の朝風呂はやっぱり気持ちいい。

今日は姉の車を使って諸々買い物を済ませた後、学校ではなく郊外のカフェでテキストを広げる。
数年前、ここにも東京より何年も遅いカフェブームが到来したが、今ではいくつかの人気店を残してどこも閑古鳥が鳴いているらしい。個人的には静かだし、気を遣わなくて済むから有難い。

帰宅すると、ネットで注文しておいた本が数冊と、衣類が届いていた。
帰郷してからは、時間もないし、何より欲しい商品を売ってる店がないので、専ら買い物はネットで。
しかも衣類に関しては面倒なので、同じ店で夏物を上から下までまとめ買い。
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友人がカタログモデルをしている「RESQUE SQUAD」(このお店も、先の職場からそう遠くない場所にあったんだよなぁ…)。
デザインがカッコいいし、生地が丈夫でGood。
明日、早速学校に来ていくのだ。
学食にて。
昼夜の生活スタイルを逆転させようと試みるも、就寝がどうしても午前3時4時になってしまうので、朝起きられない。それでも今日はちょっと早めに起きて大学へ。
軽く朝食は摂ってきたけれども、自転車も漕いだし、まずは腹ごしらえに学食へ。今日は「ささみカツ明太子クリームソース」をチョイス。そんなに美味しい訳じゃないけど、決して不味くもない母校の学食。メニューが豊富なので、飽きないのがいい。
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学生たちに混じり食事をしながら、そういえばこのメニュー、先の職場の某事業部が考案していたのじゃなかったっけと思い当たる。試食という名目で、よくタダメシ食ってやがったなぁ。厨房使って散々汚した挙句に、後片付けもまともにしないで…。
そんなことを思い出していたら、ちょっと食欲減退。

食後は空き教室を探して、涼しい風の舞い込む静かな窓際の席で勉強開始。
画像では分かりにくいけど、窓からはもう一つの母校(高校)と、松山城がくっきり見える。
昨日、12日から夜間断水が始まると書いたが、昨日の雨のおかげで一時延期が決まったそうだ(断行すんじゃなかったのかよ)。生活における最も重要なライフラインなのだ。そう簡単に断ってもらっては困る。もちろん節水はしますよ。
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昨日は一日中右手首が痛くてずっと湿布を貼っていたのだけど、今日はちょっといいみたい。引越しのときに腰を痛めて、庇うために手を酷使し過ぎたか。もしくは人よりもだいぶ強いと思われる筆圧のせいか。またペンダコできてきた。
Blessed Rain
実は渇水が深刻な問題になっているとようやく気付いた昨日、12日から夜間断水が行われるというニュースが流れた。時間帯は、午後11時から午前6時まで。
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今日は朝から恵みの雨。でも今年は空梅雨の恐れもあり、この程度の雨なら断水を断行すると役所の職員。ダムの貯水率は決して低くないのだけど、地下水位が相当下がっているのが原因だとか。夜になると田んぼの蛙たちが雨乞いの大合唱。でも煩いだけで効果は一向に現れない。12日からは入浴時間に気をつけなければ。
そうだ、くりえいとしてもらおう。
コンタクトで長時間勉強するのは辛いので、この際いい感じの眼鏡を新調しようと、何故こっちに戻って思い立つのか。
東京ならお洒落なな眼鏡屋さんがたくさんあるのに。それこそ、先の職場の周りにもわんさか。
だからといって流石にネットで買うわけにもいかないので、先日商店街を歩いていたときに見つけた「999.9(フォーナインズ)」へ。
店員さんのチョイスがなかなか良くて、思わず衝動買いしてしまいそうになったけど、とりあえず今日のところは保留に。

あと、通学に携行したいなと思っていたタンブラーをスタバで購入。期間限定で販売しているデザインが微妙だったので迷っていたら、店員さんがオリジナルのデザインをテンプレに貼り付けられるものを持って来てくれた。テンプートには「Create your own tumbler!」と書いてある。
おぉ、これは彼にデザインしてもらうしかないだろうと思い、早速tellくんに電話をし、快諾を得る。tellがデザインした僕らだけのオリジナルタンブラー。完成すれば、通学も楽しくなるってもんだ。何より、スタバで珈琲を注文すれば、今度からはこのタンブラーに注いでもらうことになる。これを手渡した店員さんがそのデザインを見たときの反応を見るのがめちゃ楽しみじゃないか。もちろん、いろんな場所で鼻高々。と、なるような、素敵なデザインをお願いしますよ、tellくん。
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眼鏡屋の店員さんに、「意外と上ですよ」と言ったにも関わらず、「25歳くらいですか?」と言われてしまったので(しかも結構髭伸びてるのに)、恐らく何の違和感もなく学生たちに溶け込んでキャンパスを歩いているのだろう自分は、思いっきり学生然としてかつて通いなれた校舎内を闊歩し、誰も使用してない教室で一人、今日も勉学に励んだ。
そして、警備員さんが戸締りに来たときも「学生さん?」と聞かれたので、もちろん全く臆することなく「はい。すみません、もう出ます」と答え、「ご苦労さん、忘れ物ないようにね」と労われたので、最高の笑顔で「はい!」と返しておきました。
蛍を、狩る。
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夕飯後、息抜きに車で蛍狩りへ。
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まさに、蛍光グリーン。
蛍の乱舞するアートな光景に声を失う感じを味わいたかったけど、案外数は少なくて残念。
リュックとチャリンコ
新天地、ではないのだけれど、新生活を始めるにあたって必要な手続きは少なくない。転居慣れしてる人は、要領よくこなす手順というものを心得ているのだろうが、上京後13年間同じ住居に住み続け、人生二度目の引っ越しが今回の帰省という自分にとっては、どうも動きに無駄があるような気がしてならない。

住民票を移すために役所に行ったり、免許証の住所変更手続きに警察へ行ったり。転居後の手続きって、何もかも全部いっぺんに、同じ場所で済むようにならないのかしら。

父が亡くなった後、こういう展開になることを全く想像しなかったわけではないけど、それでもその時はまだ現実味がなかったし、そうした方がよかろうと思って父の車を廃車にしたのだが、ちと早計だったかも。田舎で生活するのに、車がないのは本当に不便。

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ということで、無印でチャリンコ購入。
しばらくはコイツが機動力の中心になる。

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さらに、「OUTDOOR」のリュックを購入。チャリといえばリュック。リュックといえばクローバー。

明日からは本格的に勉強も始めなければならないので、その場所として最適であろうと思われる我が母校(大学)へ行き、教室や学食など下見。心強い協力者なども見つかり、頑張って通学しようと決心。実際は孤独な闘いになるだろうけど、二度目のキャンパスライフを楽しもう。
Back to Matsuyama
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なんだかんだとかこつけて、この日が来るのを先延ばしにしてきたけれど、いよいよ東京を離れる日がやってきた。覚悟を決めてから時間も経つし、たくさんの友人たちと会って話すことで、自分を納得させることもできた。名残惜しくないはずはないが、これも新たな出発の一であり、もっと先を見据えた上で、必要な一歩だと信じて、決して俯かず、前を向いて東京を発つ。

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仕事が忙しく、おまけに体調を崩していたせいもあって、結局会えずじまいになってしまった人と、新幹線に乗り込んだ後になって、ようやく電話が通じる。話しながら、フラッシュバックするいくつもの情景と、そこにいてくれた友人たちに感謝しつつ、ちょっぴり塩味のきいた駅弁を食べる。弁当の名前は、「東京」。その二文字だけで泣けてくる。

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飛行機だと1時間ちょっと。でもそれじゃあまりに味気ないと思って、広島までは新幹線。広島から松山へは、船旅を選んだ。
一緒にマカオへ行った友人Kが、偶然にも昨日から出張で広島に来ているというので、駅前のホテルのラウンジで待ち合わせる。マカオの豪奢なホテルに比べると、何ともショボいラウンジだったが、高校からの親友で、これからも末長く交流を保つに違いないKと、恐らく人生の中でも重要な意味合いを持つであろう分岐点において、家族や将来について語ったという点で、忘れ難い場所になるだろう。

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広島港から高速船で約1時間半。新幹線と船で帰省したことなんてなかったし、松山空港でも松山駅でもなく、松山観光港に到着して、そこからバスで実家に帰るのも初めての経験。だからじんわりと思い出に浸るでもなく、若干の緊張さえ味わいながらの帰省となった。
まだまだ夢の途中、人生の通過点。東京ライフだって、終わりにしたわけじゃない。次へ向けてのステップなのだし、故郷の地を踏んで、溜息をつく必要なんてない。
待ち侘びた母に、笑顔で「ただいま」って言おう。
あと一日。
今日が転居日の予定だったが、昨夜になってようやく大物が片付いたところで(kureさん、ベッド引き取ってくれてありがとう)、小物の整理や部屋の掃除、荷造りも未完の状態でバタバタと去るのもなんだなと思い、出発の日を一日延期。

午前中のうちにクロネコさんが来て、全ての荷物を手際よく運び出す。掃除を済ませ、散々捨てたはずなのにまだ出てきてしまったゴミを集積所へと持っていき、がらんとなった部屋を見渡す。上京して以来13年、一度も越すことなくここに住んだ。腰が重かったのも事実だが、住み心地が快適だったことも間違いない。思い出がたくさん詰まった、愛おしい部屋。家具も何もかもなくなっても、まだ自分の居場所だよと優しく語りかけてくれているよう。

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窓からの見慣れた景色とも、今日でお別れ。
駐車場兼の庭には、いつも緑があって、四季を感じさせてくれたものだ。

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駅前の風景。
13年のうちに店はいろいろ変ったけど、狭いのに路上駐車が多いこの道にも、思い出がいっぱい。

写真を撮りながら、部屋から駅の周りをゆっくりと歩いた後、13年という月日を過ごしたその場所を離れる。それから、汗をかいて気持ち悪かったし、何度も通った「丘の湯」へ。露天の湯に浸かり、薄曇りの空を見上げながら、いろんなことを振り返る。やっぱり、帰省を一日延ばしてよかった。

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ランドリーで洗濯物を回した後、夢を追いかける第一歩となった場所、三軒茶屋へ。
交差点でバッタリ、以前職場でお世話になった女性と再会し、彼女の行きつけの喫茶店でお茶をご馳走になった後、甘酸っぱい思い出の場所、とあるビルの屋上へ。今は頑丈な扉で閉鎖されてしまったこの屋上から、夜の東京タワーやレインボーブリッジを望み、夢を語り合ったあの頃。あぁ、甘酸っぱ過ぎる…。

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三茶の他にも、三宿や六本木・青山など、時間の許す限り、思い出深い場所を通りながら、夜は中野へ。「桃園文庫」で行われた「KUROYURI Project」の合同お誕生日会に参加させてもらう。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ明日は本当に、出発の日。
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