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2009/04
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change to iphone
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同僚としては今日が最後になるであろうkenさんとのランチは、C.C.Lemonホールの地下にある渋谷区役所の食堂。kenさんが食べたざるそばは300円。画像のインドカレーは、実際にインド人が作っていて、オーダーが入ってから焼いてくれるナンと、2種のカレー、ターメリックライスとヨーグルトまでついて690円。しかもそこそこ美味い。渋谷で安飯食うなら、ここがオススメ。

昨年末に職場の廃業が決定し、いよいよ今夜の宿泊客で営業終了。明日のチェックアウトと、あと二日間ほど後片付けに出勤はするけど、その後はもう二度とここに来ることもないだろう。長く勤めた職場で、それなりに思い出もたくさんあるはずだけど、終盤のドタバタで職場の雰囲気は悪化。微妙な幕切れとなってしまった。
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心機一転の意味合いも込めて、帰りに携帯をiphoneに変える。iphoneならではの面倒な手続きもあって、2時間くらいかかった。いくつか初期設定も必要で、操作も慣れないから、深夜になってようやく決めた新しいメアドも、まだ全然通知できておらず。でもイライラしながらも、結構楽しみながらタップタップ。目指せ、iphoneマスター。
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スラムドッグ$ミリオネア
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携帯を買い換えたくてずっと迷っているのだけど、今日も決断できず。激混みの渋谷をうろうろと彷徨った挙句、疲れてしまって「dress」へ。いつも注文するアンチョビソースのフライドポテトと、今日はミラノ風カツレツを。これがまた絶品。
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最近『深夜食堂』という安倍夜郎の漫画にハマっているのだが、舞台となる店が、どことなく「dress」のイメージと被る。店主によると、実際そんな風に言われたこともあるらしい。この漫画、業界では既に話題を攫っているが、近日中にきっとブレイクするはず。それに乗っかって「dress」も大繁盛するかも?
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作品賞をはじめアカデミー賞8冠を手にしたダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』をレイトショーで。お手本のような脚本で、2時間中弛むことなく楽しめる。ともすると予定調和的サクセスストーリーになりがちだが、スラム育ちの無知な主人公が、何故にミリオネアへの階段を上りつめられたかを、彼が辿ってきた壮絶な人生を通して、ヒロインとの純愛を主軸に美しく描けており、素直に感情移入できれば、感動のラストが待っている。
純愛を貫いた弟と、金と権力に執着した兄の対比。最後の質問が「三銃士」絡みってのも最高だけど、冒頭の「ミリオネアまであと一歩、彼がここまで辿り着けたわけは?」という質問に、A.イカサマをしたから。B.運が良かったから。C.天才だから。D.運命だから。という4択。ラストに導き出されるその答えが、映画の本筋と見事に繋がっている。巧い。
インドが抱える貧困や宗教問題を、かつて植民地にしていたイギリスが描くことに、無理がないはずはないのだけど、そこにフォーカスしなければ本当に素晴らしい映画だと思う。
MISSING BOYs
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女優たくませいこさんが出演する舞台『MISSING BOYs』を赤坂ACTシアターで観てきた。流し目王子こと早乙女太一くんの出演もあって、1万円するチケットも入手は困難を極めるらしく、実際劇場は超満員。なのに直前購入でもあんな良席を取ってもらって、せいこちゃんに感謝。

『MISSING BOYs』は、全編尾崎豊の楽曲で構成される青春群像劇。個性溢れるキャスト陣総勢47人が繰り広げる新しい形のロックミュージカル。クールなバスケ・パフォーマンスあり、世界的に高い評価を受けている熊谷和徳のタップダンスあり、尾崎の歌もヒップホップ・ソウル・ブルースなど多種多様にアレンジされて、ストーリー的は物足りないところもあるが、総合エンタメとしてかなり質の高い作品に仕上がっている。中でも特筆すべきはやはり中村あゆみさんのソウルフルな歌。終盤で歌った『シェリー』なんて鳥肌モノだった。

学生の頃から、尾崎の歌は常に身近にあって、尾崎を歌うことが、抑圧を跳ね飛ばし、自由を賛歌し、未来への不安を紛らわせる手段だったりした。その愛の形に、憧れもした。今でも、カラオケで尾崎を歌えば、あの頃の熱い想いが蘇る。彼の歌を聴いて育った世代は、思い入れたっぷりで観てたんだろうなぁ。ウズウズしたり、切なくなったり。

終演後は楽屋にお邪魔して、せいこちゃんと、中村あゆみさんにも面会が叶う。あれだけパワー全開で歌い上げた直後なのに、しかもカリスマ的な存在でありながら、柔和な雰囲気でフランクに話すあゆみさん、カッコよかった。せいこちゃんの持つ、人に喜んでもらいたいという高いプロ意識にも脱帽。
passport
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昨日あれだけ降ったのに、一気に良馬場まで回復するほどの好天。そして強風(強風だと好天って言わないのかな…)。とは言っても、また競馬場に行ったわけではなく。日中窓を開け放って掃除やら洗濯やらを済ませ、本厚木へパスポートを受け取りに。アメリカに短期留学したのが大学2年のときだから、つまり二十歳から実に15年ぶりの申請。最近はICチップ内臓なのね。
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大学2年でアメリカ、3年がイギリス、4年はニュージーランドと毎年海外へ出ていたのに、それ以来ずっと日本に引きこもり。パスポートを取ったのは、来月友人Kと澳門に行くからだが、今からとても楽しみ。とはいっても、観光三昧というわけにはいかないのだけど。あとは海外旅行保険に入らなきゃ。手持ちのクレジットカードが自動付帯ではなく利用付帯なので、新たにカードを作るのも面倒だし、今の職場に隣接している保険センターで加入するか。
Vody-Act~ヲドラズニハイラレナイ
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雨の中、「Studio Dansage」の発表会的公演『Vody-Act~ヲドラズニハイラレナイ』を、「かめありリリオホール」まで見に行った。休憩を挟んで2時間強。スタジオ主宰の杏奈さんを中心に、各講師陣とその生徒たちが多種多様、個性溢れる踊りを披露。コンテンポラリー・ダンスという区分自体がいまだによく分からないし、その演目の明確な意図やテーマなど見えないものも多いのだが、曖昧で抽象的だからこそ捉え方も自由なはずで、ようやく楽しみ方が分かってきたのかなぁと思ったりもする。

一応発表会と銘打ってはいるものの、「オトナノダンススタジオ」と称するDansageだけに、発表会だから許されるよね的な甘いものでは決してなく、だから2時間たっぷり見応えのある公演だった。

それにしても、杏奈さんの存在感には驚かされる。緻密に計算し尽された空間構成や照明プラン、その世界観にも驚嘆の色を隠せないが、その存在自体が他を圧倒している。柔軟性や俊敏性、稼動域といった身体能力の高さもさることながら、舞台に立つだけで、スポットが照射されたようにくっきりと浮かび上がる。昨年行われたKUROYURI Projectによる公演、『helena』における黒田百合についてもそのように感じたのを思い出した。

彼女の出番は休憩明け第二部の初っ端。モノトーン系の洗練された作品が多い中、ピンク!で、ポップ!で、キュート!な異色の世界。メンバーは、生徒たちではなく、どこかで縁があり、彼女の踊りと人間性に着いて来たプロフェッショナルな面々。そんな中にすっかり溶け込みながら、楽しく踊っている姿が印象的だった。苦しみからもがき逃れるように、救いの光を求めて舞った『helena』のときとは明らかに違う。どちらが良いわけじゃないけど、異種独特な世界を構築する彼女の作品が、たった10分で終わってしまうのは物足りなくも思った。

夢みたいなことだけど、活躍の場が日本では狭すぎる才女二人の共演を、いつか見てみたいなと、オモワズニハイラレナイ。
第8回「語座bis」公演
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昨年と同じ「ティアラこうとう」にて、広瀬未来さんが出演する「語座bis」公演。前回は仕事で来られなかったtellと一緒に。広瀬さんの朗読公演にはもうずっと顔を出しているが、彼女の読む力は回を追うごとに磨きがかかり、安定しているから安心して聞いていられる。

今回彼女が選んだ作品は、乃波アサの『姑の写真』(新潮社「行きつ戻りつ」に所収)。一度読んだことがある作品で、広瀬さんならどう読むかが楽しみだった。テンポや間の取り方、さらに演技力において優れている彼女は、その情景を彼女なりの捉え方で、柔らかく描き出していた。尺が決められているせいでやむを得ず切ったシーンが、実は個人的に印象に残っているところだったり、伏線を消してしまったりという引っかかりもあったのだが、それは逆に書き手として勉強にもなり楽しめた。

終演後、ビックリするほど不味い中華を食べながら、広瀬さんの作品は別として、今回は結構微妙な作品が多かったよねとtellと話す。そしてその後も、つい先日もたくさん喋ったばかりなのに、あれやこれやと貪るように終電まで話す。ここまで自分を理解してくれる親友の、もし身近にいられなくなったらと思うと、そりゃ貪りたくもなるのだ。
腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
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個人名の劇団を持つ本谷有希子の戯曲を映画化した『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』をDVDで。屈折歪曲した、まず好感を抱くことのできない登場人物たちの、一触即発不条理コメディ。ともすると、異種独特な本谷ワールドを役者の力量不足で演じきれず、ただの不快なナンセンス劇に堕落させてしまいそうだが、どの役柄も見事にハマっていて爽快でさえある。特に永作博美が素晴らしい。今後脇でこそ味を出す、岸部兄弟のようなポジションを獲得しそう。にしてもこの映画、視点の勝利だな。
ラスベガスをぶっつぶせ
退社後、半蔵門にある某会社へ。一応、面接という名目だが、全く形式的なものではなく、履歴書も持たず、服装もラフな格好で。業務内容の説明から始まり、業界の裏事情など、話は尽きることなく。日取りを決める電話の感じから、30分もかからないのではと推測していたのだが、終わってみれば21時過ぎ。全てが思惑通りではなかったものの、発展的な話も出来たし、非常に有意義な時間だった。
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ロバート・ルケティック監督『ラスベガスをぶっつぶせ』。MITの数学の天才学生たちが、ベガスで荒稼ぎをした実話をベースにしたベストセラーの映画化。ズバ抜けた記憶力と計算力を駆使するカウンティングの仕組みがイマイチよく分からないせいで、そのスリルと興奮が分かりづらい。が、アッサリ先が読める展開でも、シンプルに楽しめるエンタメ映画。悪役ケヴィン・スペイシーがハマっていて笑える。にしても、こういう邦題をつけるセンスはどうにかならないのか。原題『21』のままでいいと思うのだけど。
雨が苦手なサクラソウ
帰京後ずっと懸念を抱いていたことが、実は既に現実的な問題に発展していたことを、姉からのメールで知った。

桜草は本当に難しい花で、だからこそ綺麗に開花したときの感動も一入なわけだが、何が厄介かって、花弁に水がかかってはいけないということ。だから先日のブログにも書いたが、水遣りも小さな如雨露で一鉢一鉢丁寧に。

そのとき気付くべきだったのだが、実際に問題に直面したのは、今から松山空港へ向かうという帰京直前のことだった。明日の晩には、雨が降りそうだというのだ。

晴れ男故に、帰省中全く思い及ばなかったのだが、桜草には「雨」が天敵なのだ。正確には、開花した桜草には、だけど。そもそも、雨が苦手な植物なんてとても違和感がある。が、桜草の愛好家は、天気予報で雨が降ると分かると、せっせと鉢を屋根の下に運び、上がればまた日差しの下へ。開花中ずっとそれを繰り返す。

大きな鉢やプランターに複数株植えたことで、桜草の咲きっぷりは見栄えがして、より美しく見えるのだが、これを移動させるとなると大仕事。男でさえ、下手すると腰を痛める可能性がある。もう少し早く気付いて、簡易ビニールハウスを作るなどして、然るべき対処をしておくべきだった。

その夜、絶対にやめてくれと懇願したにも関わらず、流れで人の手も借りられることになり、鉢を移動することになってしまったらしく、その途中、後ろ向きに転んでコンクリートの台に背骨を直撃…。幸い大事にまでは至らなかったようだが、全治四ヶ月。参った。

諸々今後のことを熟慮する中で、これまた大きな材料の一つとなりそうだ。
HORSES and BUGS
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早起きして、久しぶりにtellと中山競馬場へ。1Rが始まる頃に到着し、ゴール板前の指定席に陣取って最終レースまでゆっくりと競馬を楽しむ。競馬に臨むスタイルというかスタンスは、以前に比べて変わったなと思う。純粋に楽しむ部分と、精神修業的要素を含んだ部分とを明確に認識した上で、馬券戦術を攻略する。大事なのは、余裕。何においても。
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帰宅後、ウィリアム・フリードキン監督『BUG/バグ』をDVDで。オフ・ブロードウェイ作品をベースに映画化された密室心理劇。どこからどこまでが現実で、妄想なのか。観る側の妄想力を問われる作品。どうもテンポが悪いのは、舞台を映像化にする際、台詞の取捨に失敗しているからなのか。
中山前夜
午前中、本厚木のパスポートセンターで申請の手続き。学生時代に使用していたものは、探せばどこかにはあるのだろうが、間違いなく失効しているし、面倒なので紛失したことに。交付は24日以降。仕事では日常的に目にしているが、自分のパスポートを手にするのは何年ぶりだろう。楽しみ。

午後から出勤し、終業後は会議室で、来月初旬に予定されている事務折衝に向けての打ち合わせ。昨冬から先月まで、全7回に及んだ件の交渉の総決算。になるはずだったが、途中から論点がズレまくって、非常にかったるい会議に。後に楽しみな予定が控えているだけに、終盤はイライラしっぱなし。

時間がなくてまともな手土産も持たず、せめてann姫の好物イチゴを買ってtell宅へ。ちょっと間隔は空いたけど、でもきっと覚えていてくれるんじゃないかという淡い期待は裏切られてしまったが、姫の心を再び引き寄せるのにさほど時間はかからず。
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姫の相手をしている間に、夕飯の支度は着々と整い、用意された豪勢な肉をジュウジュウと焼き始める。大人たちもたらふく食べたが、annちゃんもお腹ポンポコリンになるまでガッツリ食べた(もちろん姫は焼肉を食べたわけではない)。
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身体の成長もさることながら、以前より喋る語彙数も増えたし、大人たちの会話はほぼ理解しているらしいことに驚く。理解した上で、おどけてみたり、知らんぷりしてみたり。カメラを向けても、ちゃんと顔を作る。でも「いいお顔」については、多少間違った認識をしているみたい。
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姫がぐっすりご就寝になった後は、ビジネスや生活のことなど大人な会話で盛り上がる。明日は早起きして、中山に向かう予定なのにと思いながらも、話はとどまることなく深夜まで。やっぱtellくんちは落ち着くなぁ。
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なんかこうやってannちゃんの画像をペタペタ貼り付けると、tellくんのblogみたい。
佐世保バーガーと赤い風船
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ずっと気になっていた「佐世保バーガー」を食べた帰りに、アルベール・ラモリス監督の『赤い風船』のDVDを借りて帰る。佐世保バーガーは、流石にメガサイズを注文はしなかったけど、空腹ならペロリと食べられてしまうだろうなと思う美味しさ。ハマりそうです。
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『赤い風船』は、1956年にカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したファンタジックな芸術作品。諸事情あって、日本で公開されたのはつい先年のことらしい。たった36分の、赤い風船と一人の少年が織り成すシンプルでハートウォーミングな物語。デジタル・リマスターにより、風船の赤は半世紀前に比べて、より鮮明に浮かび上がっているのだろうが、個人的には鮮やか過ぎる気がしないでもない。いわさきちひろの絵くらいの赤がいいなと思う。それにしても、子供ってどうして無条件に風船が好きなんだろう。大人みたいに、割れたときのことなんて考えないからかな。
愛情はふる星のごとく
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ゾルゲ事件に連座し、その歴史的諜報活動の首謀者として極刑に処された尾崎秀実が、獄中から妻と娘に宛てた120通の精選された書簡集『愛情はふる星のごとく』を読了。共産主義者としての活動云々については、本木雅弘主演の映画『スパイ・ゾルゲ』を再度見直すことにして、書簡より窺える尾崎の強い信念と透徹した人生観、何より夫して、父として獄中を過ごした晩年の、妻子への愛情の深さに胸打たれた。世界を変えようなどとは思わないけど、せめて自分の中で終生貫き通せる理想の生き様のようなものは、男として死ぬ為に必要だろうと強く思った。
自転車のお爺さん
昨日は登山の後にも空港に姉を迎えに行ったり、夜もなかなか眠れなかったりで、今日はゆっくりめの起床。姉が上京中のため、その間車を自由に使わせてもらっていたわけだが、昨夜最終便で帰松して、今朝から早速仕事なのでもちろん車は返却。つまり、帰省最終日の今日は足がない。仕方がないので、先日買ったDVDをセッティングしたり、いくつか東京への連絡事項をこなしたり。
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昼食までの時間、天気がいいので、家の向かいにある田圃の前で携帯をいじっていると、自転車をえっちらおっちら押しながら、急坂を上ってくるお爺さんが一人。「今日はあったかいのぅ」と声をかけてきたので、「そうですね」と返事をする。それだけの会話に満足して、さらに坂を上っていくお爺さん。後ろ姿を見送って、また携帯をいじり始める。

小難しい文章を考えていたので、どれくらいの時間が経過したのか定かではないが、ふと気付くと、さっきのお爺さんがまた坂を上ってくる。そして同じように、「あったかいのぉ」と声をかけてきた。一瞬、デジャヴ?とも思ったが、また「そうですね」と言葉を返す。お爺さんはニコリと微笑んで、また坂を登り始めた。

メールの内容が気がかりだったので、今起きた出来事について深く考えるのはやめようと割り切り、再度携帯の画面に集中する。しかし、それから20分ほどの間に、同じことが2度も繰り返されたのだ。

流石に気になって、帰宅して母にそのことを話すと、あのお爺さんは近所に住んでいるDさんといって、数年前に最愛の妻を亡くし、以来痴呆気味になり、毎日何度も何度も奥さんのお墓に自転車で出かけるのだそうだ。墓前でぼんやりと過ごすのではなく、お墓と家の往復を繰り返す理由はよく分からないけど、とにかくお爺さんはそうやって心に折り合いをつけているのだろう。

午後もいくつかの用事を済ませ、さっきのお爺さんに触発されたわけでもないが、空港へ向かうまでにまだ少し余裕がありそうだったので、父の墓まで歩いていくことにした。車ならものの10分もかからない場所なのだが、坂が多いので歩けば30分近くはかかる。じわりと汗をかきながら、昨日の散骨のことなど考えつつせっせと歩く。そういえば、祖父母と父の眠るこの霊園、tellの姓をつけて「○○霊園」という名前。今更ながら不思議な縁を感じる。
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三日前に来たばかりなので、簡単な掃除と、水だけ取り替える。母のことや、散骨のことなど、いくつか墓前に話しかける。戒名不要、正式な葬儀を行う必要もなしというのが遺言で、生前はこのお墓を作ることさえ躊躇していた父だが、帰省の度に皿が嶺に登るわけにもいかず、やはり建てておいてくれてよかったと思う。こういう時間が、遺された人間には必要なのだ。
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家に戻る頃には、だいぶ日も傾いて肌寒くなってきた。あのお爺さん、もう家に帰っただろうか。
散骨の儀
鳥の囀りを目覚まし代わりに、今日もアラームに勝利。朝食を摂って、「散骨の儀」を行うべく、皿が嶺に登るための用意を。父なら前夜までに完璧に準備を整えるはずだが、慣れないことをすると逆に忘れ物などしてしまいそうで、いつも通りに直前の支度。それにしても、一昨夜の小学生男児の暴れようは相当だった。一切の手加減なく、全力で抵抗するものだから、こっちも必死で抑えつけたそのときの筋肉痛がいまだに少し残っている。直前の準備にしても、筋肉痛にしても、ただの言い訳な気がしないでもないが…。

いくつか父が愛用していた道具を借りて、迎えに来てくれた父の親友であり、登山仲間だったIさんとともに出発。途中、山へ行くときには必ずここでにぎり飯を買っていたというスーパーに寄って、先に到着してお弁当を買っておいてくれた叔母も一緒にピックアップ。当初参加予定だった姉は、先日に起こった不幸に心が折り合いを欠き、昨日欠席を表明。

「庭みたいなものだ」と言うのは、登った回数もそうだが、家からさほど遠くない場所にあるという意味も含まれる。1時間足らずで登山口に到着し、車を停めてトランクを開ける。小さな骨壷と、母が育てた桜草を、スコップや水入りペットボトルなど必要な道具と一緒に、父がライラックを植えた場所まで運ぶ。
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初めて目にするそのライラックは、想像より背丈が低く、それでも燦々と降り注ぐ陽光の下で、すくすくと元気に育っていた。枝に掛けられたタグには、父の字で「ライラック2005・4」と表記されていたが、母が言うには、最初に植えたのは確か今世紀明けて直ぐだったらしい。枯れたか取られたかして、再度植えたのが05年なのではないかと。だから母も、もっと大きな木になっていると思っていたみたい。
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人に踏まれないような場所を選んで土を掘り、ドキドキしながら骨壷を開ける。小さな欠片をいくつか手で摘み、母にあげたアッシュペンダントに納める。そして骨壷の半分くらいの骨を、土に埋める。深く大きな穴を掘るわけにもいかず、大雨が降れば流されてしまわないとも限らない。だけど、それでもいいのかなと。本来土に還るべく埋葬したり散骨したりするわけだから。
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土を被せた後は、ライラックのすぐ傍に、母が育てた桜草を自らの手で植え込む。みんなが見守る中、一言も発せず、一心に土を掘り、スコップを使って鉢から移植する。持参した三鉢全てを移植し終わったら、桜草とライラックに、ペットボトルの水を遣る。淡々とした作業。もっと感情が揺さぶられるのかと思った。涙が止まらなくなるのかと思った。実感が湧かないまま4ヶ月が経ち、実感が湧かないまま散骨の儀も終わってしまうのだろうか。
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母と叔母を残し、Iさんと山を登り始める。特に準備運動などはしないけど、身体にいきなり負担がかからないように、最初は過度なまでにゆっくりと歩く。数歩先を歩くIさんの背中に、父のそれは被らない。何がどう違うなんて詳しく説明する気にもなれないけど、ただ、もうどうしようもなく、違う。在りし日の父のことを、努めて笑顔で、途切れることなく話し続けてくれるIさん。それに応じて、ときには笑ったりもしながら、つい俯いてしまわないように、前へ前へと歩く。自分がどれほどまでに親不孝だったか、父がIさんに零した心配事や願いのいくつかを聞きながら思い知る。父がどれほど母のことを愛していたかも。
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頂上までの道程はあっけないほど緩く、それでもお腹は減ったので、叔母が買ってくれた弁当を広げる。母が作ってくれた握り飯とゆで卵、食後には父の淹れたコーヒー。そんなときもあったなと懐かしく思い出す。食べ終えて、先客が頂上を去るのを待ちかねるように、先ほどの骨壷を取り出し、半分ほど残しておいた遺灰を散骨する。皿が嶺の頂に吹く千の風になって、これからもずっと、見守ってくれますようにと願いながら。
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山を降りると、日傘を差した母と叔母が、あのライラックの傍のベンチに座って待っていた。足さえ丈夫なら絶対一緒に登りたかっただろう母から、「ご苦労様」と声をかけられ、小さく頷く。そして再度ライラックの傍へ行き、「また来るから」と声をかけて、どうか今度来るまで、このライラックと桜草が無事でありますようにと祈る。結局、いまだ実感を得られず。でもそれでも、父の願いを一つ叶えられたことに、ささやかな満足感を得て、今度は鳥海山に連れてってやるからなと心に誓い、不思議に穏やかな気持ちで家路についた。
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父と叔父の玉葱畑
生活リズムが整うと早起きも苦でなくなるのかも。短絡的にそう思ってしまうほど、アラームが鳴るより早い、爽快な目覚め。自家栽培のチマサンチュやらトマトやら、顎が外れそうなほど具材を挟み込んだサンドイッチを朝食に摂り、今朝はまず桜草の水遣りから。絶対花弁に水をかけてはダメだと何度も念押しされて、指示通りに小さな如雨露で一鉢ずつ。水遣りといえど、簡単なようで難しい。何より気持ちが大事なのは間違いのないところ(下の画像はデイジー)。
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続いて鳶職の如く屋根や塀に上って、屋根や昨日買ってきた簾をつける。そもそも遣り方が違うのかもしれないけど、一個一個の作業には、それなりに面倒や危険が伴うわけで、それらを当然のように毎年繰り返し続けてきた、一家の大黒柱の存在の大きさを、改めて思い知る。
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昼前に叔父から電話があり、「どうしても気にかかっていることがあるから」と呼び出しがかかる。家から車で30分ほどの、幹線道路沿いにある大きな畑。何度も車で前を通っていたはずだけど、こんなところに畑があったなんて。
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白長靴に麦藁帽子、手には鍬を持って待ちかねていた叔父が、畦道を通って神社に隣接する広い畑に案内してくれた。この土地は、野菜などを作るために叔父が一部間借りしているのだという。見ると、昨秋父に声をかけて一緒に植えた文豆と玉葱が、収穫期を目前にして、元気に育っている。
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「父さんがこの畑で作った最初で最後の玉葱やけんの」デジカメを構える背後から、叔父が言った。折角帰郷しているなら、穫ってしまう前に是非見ておいた方がいいだろうと、いや、どうしても見せたくて声をかけてくれたのだそうだ。父の死後、毎日この畑に来てはさめざめと泣いていたという叔父が、ずっと気にかけてくれていたのだと思うと、泣けてきた。恐らく体調も万全ではなく、しんどい身体に鞭打って、妻や子供たちのために、土に膝ついて父が植えてくれた玉葱なのだと思うと、余計泣けてきた。そういえば今日は11日。父の祥月命日にあたる。
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土曜日とはいえ、ヤマダ電機は広大な駐車場が満車になるほどの盛況ぶり。店内は家族連れで賑わい、飛ぶようにとまではいかないものの、実際に商品を購入していく客は少なくない。本当に不景気なのかと疑いたくなる。やっと捕まえた店員に商品の説明を聞き、母のためにビデオをDVDに録画できるデッキを購入。古稀を超え、喜寿も近づこうという母だが、オーディオ操作はもちろん、絵文字を駆使した携帯メールを打つ速度も早い。大したものだ。
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少しだけ寄り道をして、西法寺の「薄墨桜」を見て帰る。多弁八重咲きが特徴の薄墨桜は、白に微紅がさす上品な桜。ソメイヨシノが散りきった今ほどが見頃。今回は幸運にも、ちょうどのタイミングで帰省できたので是非見ておきたかった。次はハナミズキか。昨年熊谷で見た、夜の街路樹が非常に美しかったのを思い出す。
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帰宅して、母とお喋りをしながら一緒に餃子を作る。昨日から仕込んでおいたタネを適当に千切って丸め、延べ棒でちょうどいい大きさの皮を作る。ある程度の数ができたら、具を詰め込む母を手伝う。今回も最高に美味しい水餃子ができました。
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成果
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やるべきことは山積しているのに、元気そうな母の顔を見たせいか、実家で眠る安心感からか、もしくはよほど疲れが溜まっていたせいか、今朝はなかなか起きられず。
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遅い朝食を摂って、まずは母が洗濯物を干している時に踏み抜いてしまったというベランダの足場をチェック。屋根の下は全く問題ない。しかし、日当たりは良いけれど風雨に晒される場所が、踏み抜いた箇所以外も悉く劣化。次にどこがそうなってもおかしくない。買い込んだ木材で、父が自ら補修したこのベランダもそろそろ限界。思いついた友人に連絡をして助言を求めるが、諸々の状況を鑑みると、なかなか正しい判断がつけられない。
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ベランダのことはひとまず保留にして、燦々と陽の降り注ぐ庭へ出る。玄関のドアを開けると、まるで帰りを待っていてくれたかのように、今が盛りと咲き誇る桜草。何十にも及ぶ多品種の、色とりどりに美しき花弁たち。手入れの難しい花なのに、「旦那さんより上手に咲かせましたね」と近所の方たちからも評判らしい。鉢よりプランターを多用し、陳列の仕方もあるだろうが、確かに父が育てたときより見事に見える。「どの花が一番好き?」と聞く誇らしげな母の顔に、思わず笑みが漏れる。小雪ちらつく冬の日にも、悴む手に白い息を吐きかけながら、頑張って植えた甲斐があったね。
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桜草の他、庭を賑わす花々を楽しみながら、冷蔵庫に貼り付けたメモに箇条書きされた作業を一つずつ片付ける。そんな中、ボイラーに灯油を入れ、空になったポリタンクを物置にしまう途中、庭から応接間の窓越しに、花瓶に活けられた枝桜が見えた。そんなきっかけでハッと思い出したことがあり、急いで家の中へ。
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応接間にはトレーニング用のエアロバイクがあって、そのハンドルには父が大事にしていたデジタルカメラがかけられている。前回帰省時に確かめるつもりで忘れていたのだ。中に未現像のメディアが残されていないかを。
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画像の再生ボタンを押すと、案の定数枚の写真が残されていた。庭に咲く満開の秋桜と、瀬戸風峠から眼下に広がる松山市内、そして昨秋登った石鎚天狗岳。石鎚は西日本で最も高い山で、中でも天狗岳は石鎚山系最高峰。いくら我慢強い父とはいえ、病を患いながら登れる山ではないはずだが、倒れたのはそれからほんの数ヶ月後。その間にも、一度皿が嶺登頂を果たしているというのに。でも写真の中の父の顔は、どことなく精気に乏しくも見える…。
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簡単に昼食を済ませ、母を連れて父の墓参り。新緑の山間にある霊園の道沿いには、散り際の桜が色を添えており、改めていい場所だなと思う。墓前に立ち、「遅くなったけど、明後日約束を果たすからね」と呟いて、今回も手を合わせることなく、霊園を後にする。
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夏用にホームセンターで新しい簾を買い、葬儀以降お世話になっている叔母宅へ、東京土産と桜草の鉢を持参。もうすぐ七回忌を迎える従姉妹の遺影に合掌し、そのままにしてある彼女の部屋で、飼い猫と戯れながら在りし日のことなど話す。
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買い物を全て済ませ、昨冬父の見舞いの帰り道、夕飯を食べに寄った「耕庵」へ。相変わらず絶品の天むすとうどんを食べながら、昨年末から今まで、職場で起こった事の顛末、そしてこの先の展望についてじっくりと話す。時折不安な顔を覗かせながらも、息子を信じて前向きに捉えようとしてくれて非常に有難く思う。確固たる自信やら、明確な裏づけなんて何もないけど、信じた道を行くしかない。最早道中手を引く側にいるのだから。
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帰りに「媛彦温泉」へ寄って一旦帰宅後、母を置いて車で再度コンビニへ出かける。目当ての物を入手できず、ローカルの不便さを改めて思い知って意気消沈。諦めてウチに帰る途中、車道前方に小さな黒影が。まさかと思いながら、その物体の横を大きく避ける。見ると、小学校低学年くらいの男児が、足蹴り乗用玩具に乗っているではないか。通り過ぎて、一瞬幻を見たのかと思ったが、気になって戻るとやはり間違いない。「どうしたの」と声をかけても、無言でどんどん先へ行く。仕方がないのでハザードを点けて車を停め、彼の方へと歩み寄る。が、近づいた途端に足蹴り車を乗り捨てて、全速力で走り出す男児。追いすがり捕まえて、猛然と対抗する彼の手を、しっかりと繋ぎ止める。他にも気になって車を停めてくれた男性が二人いて、逃げないように監視してもらいつつ、警察に電話。どうやら親同士の喧嘩か何かが原因で家出してきたらしい。抵抗する力も強かったが、この齢で、夜中に一人家を出てくる意思も相当強い。決してスレてはいない澄んだ瞳が印象的なこの男児、もしかしたら将来大物になるかも。彼にも驚いたけど、現われた警官が小中学校の後輩だったことにも吃驚。かなり年下のようだったけど。
望月の下
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30分早退して羽田空港へ。来週月曜まで「散骨の儀」のため帰郷。

最終便で松山空港に着いたのが20時半。訳あって急遽上京中の姉が、車の鍵を預けてくれていたので、空港駐車場に停めてあった白いラウムに乗りこむ。

夕飯を用意して待っている母に、無事到着の一報を入れ、アクセルを踏み込む。

父が亡くなって二度目の帰郷。年末だった前回は、高速バスで松山駅に到着し、自宅には路線バスで帰った。懐かしさより不便さに辟易した帰り道だったが、今回は全く別の感慨が胸に迫った。

到着ロビーを抜けて、空港から出てすぐ辺りの路上で、ハザードを焚いている紺碧ラウムの影はなく、カーステレオから流れる野球中継を聞きながら、不良息子の帰還を待ち侘びる父の姿も、もちろんない。

色も年型も違うけど、同じラウムに乗って実家を目指す。でも、いつも堰を切ったように喋り始める父が、助手席にはいない。走行スピードやら車線変更の仕方やら、毎度の如くに口煩く、母の身体についての心配事を、あれやこれやと並べ立てる。不孝息子への嘆きは、とりあえず後回しにして。そして何より、山の話。一人で登った山、友達と登った山、息子と登りたい山。同じ車で、いつもと同じ道を走っているのに、景色が全く違って見える。空港から実家までの道程って、こんなに遠かったっけ。

主を失ってずっと空車だった車庫の門を開け、いまだ手馴れたハンドル操作で車を入れる。トランクから引っ張り出したスーツケースを抱え、夜の庭に降り立つと、春の風に乗って爽やかな花の香り。これは…と思った瞬間にセンサーが反応し、闇に咲く真っ白なライラックの花が浮かび上がる。

しばらく後に照明は消えたが、夜空には煌々と光る満月。

「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の下」

という西行の歌を思い出した。もう4月だけど。

散骨するのは、「皿が嶺」という山の某所。父が植えた、母の大好きなライラックの木の根元。月光の下で、悠然と咲き誇る白い花を見上げながら、父を想い、いよいよ三日後に迫った大きな儀式のことを想う。

テーブルの上に所狭しと並んだ母の手料理をたらふく食べて、我が風呂同然の「媛彦温泉」で疲れを癒す。冷蔵庫には、箇条書きされた母からの作業依頼書が貼りだされていた。あれを買って、あれをやって…。考えているうちに、あっという間に強力な睡魔が襲ってきた。
天保十二年のシェイクスピア
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約一月ぶりに下北沢のカレー屋「般゜若」へ。前回がオープンして三日目くらいだったと思が、今日はなんとちょうど開店一ヶ月目。図らずも。拘りのカレーは相変わらず美味。食後にはGDPで友人の幸せな報告を受け、心から祝福を。でも突き抜けた感じでおめでとうを言えなかったので、それはまた別の機会に祝杯を。

作・井上ひさし、企画監修・鴻上尚史、演出・いのうえひでのりという、演劇界のトップランナーを配した豪華な布陣で贈る、「劇団☆新感線」の『天保十二年のシェイクスピア』をDVDで。「リア王」に始まり、「マクベス」や「ハムレット」、「リチャード三世」に「ロミオとジュリエット」。時は天保十二年、とある宿場町を舞台に、全編シェイクスピア尽くしで展開するドタバタ人情劇。新感線の舞台が好きなら、シェイクスピアを知らずともそれなりに楽しめるが、知っていればより楽し。珠玉の名台詞が各所に鏤められ、全く異なる物語が絶妙にリンクする箇所など素晴らしい。4時間にも及ぶ超長尺も、全然長く感じない。でも歌がちょっとな…。
アンダーカレント
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tellのブログを読んで興味を持った豊田徹也の漫画『アンダーカレント』、大手書店に問い合わせたところ、どこにも在庫がないので、Amazonで購入して読んだ。
そのまんま映画にしたくなるような作品。人間の心の奥底に潜む闇や澱=底流を、静かに、丁寧に描き上げている。底流にある思想や感情は、友人であろうが家族であろうが、他人である以上理解できるはずもない。自分自身でさえ、分からないのだから。どうせ理解し合えないなら一人孤独にとも思うのだけど、人は人と関わらずにはいられないし、そうすれば必然的に影響を与え合ってしまう。川の流れにたゆたうような結末の余韻に、しばしぼんやりと人生を考える。再読したくなる良書。

今日は75回目の母の誕生日。今年もまたろくに何もしてあげられないけど、木曜からの帰省中にできることがあれば何だって。おめでとう。ずっと元気でいてね。
夜は短し歩けよ乙女
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ご招待を戴いて、07年本屋大賞2位、山本周五郎賞受賞の森見登美彦原作『夜は短し歩けよ乙女』の舞台をグローブ座で見てきた。粗さはあったものの、出演者たちのフレッシュさは好感の持てるもので、古風ながらちょっぴりファンタジックな世界も嫌いじゃない。終演後には爽快感があったし、原作もきっと面白いのだろうなと思う。今年映画化・舞台化される万城目学の『鴨川ホルモー』になんとなく似た雰囲気。今はこういうのが受けるのかしら。ただ二幕の長尺にする必要はなかったのでは。
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終演後、劇場から少し歩いて戸山公園へ。某劇団養成所時代、よく走りに来ていたことを懐かしく思い出しながら、夜桜見物。今年の花見らしい花見は今日が初めて。
吉原御免状
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最近週末の決め事のようになっている「劇団☆新感線」のDVD観劇。今日は隆慶一郎の同名時代小説を戯曲化した『吉原御免状』。華やかな回転舞台を非常に効果的に使っており、転換時にさえ見所たっぷりな素晴らしい演出。それにしても、堤真一の存在感は圧巻の一言。二刀流の殺陣も見事だった。意外によかったのは松雪泰子。彼女が舞台であそこまで迫真の演技を魅せられる役者だとは思っていなかった。だからこそ、同じ花魁役の京野ことみが物足りない。対を成す役どころだけに、もう少し対立のシーンがあってよかったのでは。原作を読んでいないので、なんとも言えないけど。他のキャストも、新感線にしては少々小粒な感じ。

「優しさは悪」というが、確かに誰も傷つけない優しさなんてあまりないのかもしれない。情が深ければ深いほど、その副産物として相手や周囲に妬みや憎しみを生みやすい。中途半端な優しさは罪でさえある。その優しさを貫き通すには自らを犠牲にする真の強さが必要。自ら悪者になってまで相手を守れる青鬼になりたいものです。
The Project
久しぶりに東高円寺の友人K宅へ。近場のイタ飯屋で軽く食事を済ませ、自らの近況というか現状について話す。高校時代からの親友で、母も頼りにしているK。今更何の隠し事をする必要もない。あるがままを、ありのままに。

K宅にもどってからは、彼が企むプロジェクトについての説明、というか打ち合わせ。少し腰が引けなくもないが、人生の中でアリな経験だなと思うし、何よりKとならと思うから、まだ協力すると決めたわけじゃないけど、前向きに考えてみようと思う。
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