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見下ろしてごらん、夜の町を。
朝方にぶつかった壁をどうしても超えられず、結局タイムオーバー。折角休みをもらったのに、ギリギリまで悪足掻きする気にどうしてもなれず、日中襲来する睡魔に身を委ねてみたりして。無念。
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夕方、熱いシャワーで気持ちを切り替えて下北沢へ。本多劇場で公演中の「東京ヴォードヴィルショー」の『見下ろしてごらん、夜の町を』を観劇。ヴォードヴィルが音楽劇?ゲストとの絡みも含め正直ピンと来なかったが、随所に織り込まれたフォークソングが郷愁を誘い、技術より人で魅せるヴォードヴィルらしい手法で、じわっと胸が熱くなる素敵な作品に仕上がっていた。
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かつて半年間だけ在籍していたヴォードヴィルショーの養成所。途中脱落したり、劇団を去ったり、開講時30名以上いた同期の中で、正劇団員として所属し、今回も出演を果たしているのはたった5人。そんな彼らの仕切りで、今夜は、とうの昔にこの世界から足を洗い、来月結婚することになったKさんのお祝い旁々、観劇後に集まろうということになっていた。

当時最年少17歳だったKさんも三十路を迎えたという。劇団を去って後、音信不通になっていた面子も含め、なんと15人もの同期が今夜一堂に会したわけだが、自然十何年ぶりかの再会になったわけで、みなそれぞれに多少なりの変化が。昔話に花を咲かせ、積もりに積もった波瀾万丈紆余曲折臥薪嘗胆捲土重来的な話を、堰を切ったように喋り倒す。あの人ともあの人ともあの人とも話したかったのに、こういうときの時間は普段の何倍もの速さで流れるもので。楽しかった。

それにしても、最年少のKさんが結婚するというのに、15人もいて他に誰も既婚者がいないのはどうしたものか。そりゃ道を踏み外したと周りが言うのも無理はないな。今回をいいきっかけに、年に一度くらいは集まれるようになるといい。来たくても来られなかったという輩も他にたくさんいたみたいだし。

長い旅公演からようやく東京に戻ってきたのに、来週にはまた西方の地へ旅立つ劇団員の彼ら。どうか怪我や病気のないように。千秋楽まで頑張ってください。
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snowing
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日中降り出した雪に、犬のようにテンションが上がる。仕事そっちのけでデジカメを片手に外に出るが、あまり上手く撮れない。ちゃんと説明書読めば、舞い散る雪を上手に撮る方法もあるんだろうけど。
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夕方には冷たい雨に変わった雪だけれども、念のため今夜職場に泊まり込むことになったkenさんと「光麺」で夕飯。宿直手当で早速ゴチに。帰りのコンビニでプリンまで買ってくれた。お金持ちにはなれないタイプね、kenさん。ごちそうさま。終電まで書いて、帰ってからもパソコンを開く。時間がない時間がない。
誤った過程が導き出す正しい結論
有罪無罪かで言えば絶対有罪なのに、導き出した答えが誤りではなかったと。そのプロセスに誤りがあったことは認めても、結果は正しかったのだという主張を悪びれもせず通してきた。隠匿、改変、先送り、卑怯な手で誤魔化し続ける被告の責任を追及しながらも、実は兵糧攻めで苦しんでいるのは原告側で。精査なき数値を基に、議論も尽くさず、充分吟味されることなく議決された結論を、よくもまぁ胸張って正当化できたものだ。再審直前のクライマックス的局面で、今夜も遅くまで重要な会合が行われている。だがどうにもこうにも時間が足りなくて今日は欠席させてもらった。申し訳ない。
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真っ直ぐ帰宅して、昨日に引き続き「nest」でPCを開く。お洒落で落ち着くし、接客も良くて味も悪くないのに、いつもガラガラ。手元が暗いのを我慢すれば、執筆には最適。なんだけど、営業は相当厳しいはず。バイトくんがいなくなったジョナサンに続き、ここもそう長くはいられないかも。
最近のお気に入り
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全然野菜ジュースっぽくなくて、普通にイチゴヨーグルトジュースとして飲める。夜中と、あと寝覚めはコレを胃に流し込んで体内から覚醒。でもウチの近所のコンビニは2店舗とも置いてなくて、駅から職場へ向かう途中のコンビニにもない。同メーカーの他の野菜ジュースは山ほど陳列されているのに。だから見つけたときは複数個買う。〆切まであと三日。筆は遅々として進まず。
人間の土地
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サン=テグジュペリの『人間の土地』を読了。随所に言葉の宝石が鏤められ、非常に美しい文体で語られた、人間哲学の真髄を追求した奥深い作品。著者自身が、飛行士という仕事の中で実際に垣間見た、死に直面した際に現れる人間の本然。人は生を渇望して死の恐怖を知り、死を渇望したときに生の意味を知る。大いなる転機を迎えたこのタイミングで読んだ意義は計り知れない。旅先や、岐路に立つ度、何度も繰り返し読みたい最良の書。
さかなかななかなかさ
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月に一度くらいはここでと思っている贅沢ランチスポットが、表参道からキャットストリートを渋谷側に少し入った八百屋の3階にある「青山さなか」。ちゃんと板前さんが握ってくれる江戸前寿司が、なんと1人前1000円。オススメは1.5人前で、いろんなネタが次々と20カンほど出てきて1300円。当たり前だけど回転寿司とは一味も二味も違う。隠れ家的で、認知度低い割に味も雰囲気も良質。満足度二重丸。
父からの手紙
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帰宅すると、先日書いた礼状の返事や、各種料金の明細書などに混じって、見慣れた字で宛名書きされた封書が届いていた。いつもその茶封筒には、新聞の切り抜きや、書籍のコピーが同封され、読ませたい箇所には赤線が引かれ、たまにコメントが一言添えられていた。その内容のほとんどが、雇用と地震と自動車、そして山。中でも圧倒的に雇用に関する記事が多く、物言わぬ圧力に溜息をついたものだった。

もう二度と届くはずのない父からの手紙に、どんな奇跡が起こったのだろうと胸が騒いだ。懐かしく、愛おしい文字で書かれた宛名。裏には実家の住所と父の名前が書き添えられている。靴を脱ぎ散らかして部屋に駆け上がり、少しだけ震えた手で、ゆっくりと慎重に封を切った。

冷静になれば、分かることだった。

入院中の父が仕掛けたトリックだとか、本当に天国から届いた手紙だとか、そんなドラマチックな奇跡が、起こるはずなんてないわけで。

手紙は、母からだった。

何通分か宛名書きだけしておいた父の封筒が、まだ引き出しの中に残っていたらしい。

前に頼んでいた、実家にある「さくらそう」の品種全ての名前が、列記されていた。冬空の下、凍える寒さで悴む手を摩りながら、丁寧に植え替えた全33品種。鉢数にしてなんと660鉢のそのさくらそうは、小春日和が続いた先週、一斉に芽吹いたらしい。順調にいけば、4月上旬には色とりどりの花々が花壇に咲き誇るはず。

父が宛名書きした封書の中から、母の手紙が出てきて、それは母のちょっとしたイタズラ心だったのだろうけど、当たり前のように届いた父の手紙は、もうこんな形でしか、いやこんな形でさえもう来ないのだと思うと、気持ちは重く沈んだ。だけど母が引き出しからこの封筒を見つけた時の心情を思い浮かべると、ただただ悲しくて。

目の具合が良くない母に、一度東京の眼科で受診をと薦めているのだけど、今度はデイジーの植え替えを180鉢しなければならないからと言う。父も大変な財産を母に遺したものだ。
masterpeace LIVE @多作090221
渋谷駅でtellと待ち合わせ、「やすべえ」のつけ麺で腹を満たした後、「dress」で一杯。そんなライブ前の時間の過ごし方。美味い店を知っていること、心安らぐ場所があること。それって結構幸せなこと。「dress」の店主と、tellと三人でB型談義に花を咲かせた後、合流した三人と「多作」へ移動。
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先月の「桃園文庫」カフェライブ以来、約一ヶ月ぶりのmasterpeaceライブ。キャパは小さいながらも、ライブハウスならではの音質で、しかも喉の不調を補うためかMCを控えめにガッツリ7曲演ったため、かなり聴きごたえのあるライブに。新曲のアレンジや、曲間のインプロも絶妙で、危うく「マスピかっけぇじゃん」って本気で思うとこだった。ふぅー、アブナイアブナイ。てか、こうなると「マスピはMCやんない方がいいんじゃないか説」が自然持ち上がるわけだが、でも彼の持ち味を巧く引き出してくれる相方がいれば、充分笑いを取れる素養は持ち合わせていることも知っている。頼んだ、奥野くん。
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前後の対バンの演奏は1曲も聴かず、マスピの出番が終わって再度「dress」に戻る。精算を終えた土田くんも合流し、三十路な男女5人の濃密なバカ話など。もしかしたら、いつか「dress」でのマスピライブも実現するかも。ゆっくりとお酒を飲みながらの、ゆるーいマスピライブも、それはそれでまた楽しそう。

masterpeaceの新曲『night walk』はここからダウンロードできます(Windows User Only)。
ジョナサンのバイトくんへ
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今日は今週2度目の交渉本番。かれこれ5回目。事前会議やら自主的な会合など合わせたら一体どれくらいの時間を今回の件に費やしているのだろう。毎回何かしらの成果が得られているのが救いだけれど、交渉の後には、抜け殻にでもなったかのような何とも言えない脱力感が。今日も帰宅した途端、携帯を握り締めたまま突っ伏して眠ってしまった。本当は最近利用頻度の高い隣駅のジョナサンへ行って原稿の続きを書いて、今日がラストワークだったバイトくんにお疲れ様とサヨナラを言いたかったのに。東京を離れ、生まれ故郷の北海道で一花咲かせるのだという。彼のおかげで、ジョナサンでも作業も随分楽しい時間になった。いつかまた会えるだろうか。頑張れ、そしてありがとう。名前も知らないバイトくん。
eversky on my mind
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今週土曜日に渋谷「多作」でライブを行うmasterpeace土田くんから、その日にお披露目予定の新曲『eversky on my mind』が送られてきた。今月2日に書いた記事からインスパイアされて出来た作品だという(そういえばこの日のブログは評判良かった)。

テンポ良く、美しいピアノの旋律が耳に心地よい。あの夜、空を見上げたときの空気感を思い出しながら、マスピワールドにストン。まだまだ進化中だというこの楽曲、ライブ当日が楽しみ。
待ちぼうけ
遅い新年会が催されるはずだった今夜、仕事をしながら連絡を待つ。待てども待てども連絡はなく、痺れを切らしてメールをすると、開催の予定自体が忘れ去られていた。拍子抜けしたが、体調も芳しくなかったし、〆切も近いので空いた時間は執筆にあてる。

遠く離れた北米の故郷で、不景気の波をもろ被りつつ、自らの切り開いた道を邁進しているであろう友人D。今日集まるはずだったのは、彼を中心に仲良くなった面々。お花見の季節に帰ってくる彼と、次回改めて、桜の下で。
受験シーズン
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シーズン真っ只中ということもあって、受験生宿泊も今がピーク。毎年思うが、過保護な親が多すぎる。予約の電話も親がかけてくるし、レジスターカードも親が書くし、十数泊一緒に滞在するケースも珍しくない。電車やエレベーターの音、多少残る煙草の臭いにも神経を尖らせている。我が子の将来がかかった大事な試験だってのは分かるけど。

しかしもう何年前だ、大学受験なんて。東京の大学も受けに来た。もちろん一人で。しかも宿がどこもいっぱいで、歌舞伎町のカプセルホテルに泊まった。怪しげなオッサンたちに混ざってサウナ入って。第二次ベビーブーム世代だから競争率だって今とは比べものにならないほど厳しかったし。いい経験だったと思うんだけど。

仕事はどうしてんだか知らないけど、たまに父親が着いてくるケースもあって、でもその優しい声と目線には泣きそうになる。「頑張れよ」なんて肩叩いたりして。受験生の親は過保護だなんて言っておきながら、純粋に羨ましがっている自分がいる。
憂鬱な週明け
今週は2度も交渉があって、その前後には当然打ち合わせやら反省会があるわけで、今日は早速その初日。ということで、。兵糧切れ間近の長期戦も大詰めで、各々のベクトルの長さや向きに少しずつバラつきが出始めている。疲労が嵩んで、内部分裂空中崩壊気味な昨今。そろそろ終焉に向けて詰めていかねば。
チェーン・ポイズン
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静岡で夏日を観測した昨日に引き続き、今日も汗ばむほどの陽気。昨日干した布団を、もう一度干したくなるくらい。庭の梅が満開。この勢いだと桜まで開花してしまいそうだが、明晩には寒が戻るらしい。気になるのは、桜よりも母が植え替えた「さくらそう」の開花。その時期に合わせて帰省しようと思っているから。そして父の遺灰を、彼の愛した「皿が峰」に登って散骨するのだ。
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本多孝好の新刊『チェーン・ポイズン』を読了。主人公の達観した語り口や、彼の描く透明感のある世界が好きで、彼の過去の作品を夢中になって読んだ時期があった。重厚感ある待望の長編は、まさに新境地と呼ぶに相応しい傑作。現代社会に生きる誰もが抱える「一人分の孤独」を、少し明るめの淡い絵の具で色付けし、ミステリーの要素を絶妙に絡ませて見事に描ききっている。急展開で見事に裏切ってくれたラストは流石。
はらドーナッツ
構想中の作品の取材も兼ねて、中野「CAFE桃園文庫」へ。訪れるたびに店内に何かしら工夫が見られたり、メニューが増えていたり。クリエイティヴな店主の拘りが随所に見られて楽しい。
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生憎取材対象の人には会えなかったが、桃園カレーと、「湘南ポノポノ珈琲」が美味しかったから無駄足ではなかったということに。「湘南ポノポノ珈琲」は、ブラジル・トルマリーナ地域の地下に眠るトルマリン鉱石の波動を存分に受けた豆を自家焙煎しており、飲むと幸せになれるらしい。さて、効果やいかに。
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閉店後、食後のデザートに今話題の「はらドーナッツ」のチョコ味を戴く。神戸で人気沸騰し、東京にまで飛び火した「はらドーナッツ」は、老舗豆腐店「原とうふ店」の豆乳とおからを使用しており、防腐剤や保存料は一切使っていない。懐かしい田舎の味。素朴だけどしっかり美味しい。ただ甘ったるいだけのクリスピークリームは1個で充分だけど、これは2個も3個も食べたくなる。下北沢や吉祥寺にも店舗があるようなので、是非お試しあれ。
睡眠ではなく、気絶
明日お休みをもらうことにしたので、13連勤が12連勤へ。最近は以前に比べて浴槽に湯を貯めるようになった。折角週末連休になったのだから執筆に費やそうと、今夜も湯船に浸かりながら空想の世界に浸っていると、いつの間にか眠ってしまっていた。いや、気絶していた。人間は入浴中に眠ることはできないらしい。風呂に入って一旦血圧が上昇し、やがて下がっていくときに人は気絶してしまうらしい。下手すると溺死もあり得る。来週も二度の交渉と、その事前事後争議など。〆切も近いし、早く終わらせたい。
ベンジャミン・バトン
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レイトショーでデビッド・フィンチャー『ベンジャミン・バトン』を観てきた。アカデミー賞13部門ノミネート中の話題の作品。なんとなく『フォレスト・ガンプ』に似た構成だなと思っていたら、脚本家がエリック・ロスだったり、どことなく『グレート・ギャッツビー』の雰囲気に近いなと思っていたら、フィッツジェラルドの短編を基にした作品だったりして、エンドロールを見ながら妙に納得のいった映画だった。

壮大なスケールのもと、特殊な設定で普遍的なテーマを語る感動作。80歳で生まれ、時間とともに若返っていく男の物語。その数奇な人生の中で出逢った運命の女性。老いと若返り。誰だって出発点も到達点も人とは違うものだが、愛する人と正反対のベクトルで向き合う人生というのはどんなものだろう。重なり合う瞬間、その幸せの絶頂は短い。しかも人生という時間軸は幅が広いから、一直線に近づくわけじゃなく、背中合わせに離れるわけでもない。だけども死へと向かう抗いようのない流れの中で、人との出会いを大切に、その時を一生懸命に生きることの尊さ。それは同じ。眩いばかりの輝きに満ちた若さも素晴らしいが、味わい、積み重ねた末にやがて失っていく老いも、悪くないなと思える素敵な映画。
こんな時期だけど送別会
先日還暦を迎えた夜勤のおっちゃんは、今春いっぱいで定年退職。もちろん意図的なはずもないが、幸運としか言いようのないギリギリの滑り込みセーフ。業務においては不運の連続だった彼だけど、最後の最後に女神を味方につけた。流石勝負師。

そんな彼のために、今夜は職場内のホールでささやかな送別会が催された。宅配飯屋の「釜寅」で釜飯を注文し、職員が腕をふるった肉じゃが(でも肉は松坂牛。もらいものだけど)がメインメニュー。
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連日会議やら交渉やらで、執筆の時間が全く取れていない。なので二次会のカラオケは辞退してまっすぐ帰宅。閉館前に「丘の湯」に駆け込んで、露天の湯から少し欠けた月を眺めながら空想に耽る。
銭ゲバ
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退社時間を待ち侘びて、今日はまっすぐ帰宅。眠いしダルいし、頭全然回らないし。無気力の極致。こういう時は何やってもダメ。ということで、帰ったらすぐ寝ようと思っていたのだけど、「PANDRA TV」で気になっていたドラマ『銭ゲバ』の過去放送分を見始めたら止まらなくなった。絶賛出演中の友人の話では、スポンサー離れが深刻なようだが、テーマは確かに重いけれど普遍的なもので、今敢えて取り上げるのは視聴者を信じるからこそだろう。善にも悪にも徹しきれない、登場人物の誰もが人間臭くて、いいドラマだと思うけどな。
デカい板チョコは食べられない
最大の山場だと思っていた本日の交渉だが、長時間に亘る折衝の末にも望んだ結論は得られず。またもや次回以降に持ち越しとなった。一体いつまで闘い続けるんだ。兵糧は確実に目減りしているというのに。仲間たちの疲労もピークに近づいている。精根尽き果てる前に、納得のいく妥協点を見出し、決着をつけなければ。
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一足先にもらった巨大板チョコ。表も裏もイケる。これでモケモケとの付き合いも、上手く折り合いをつけられるかも。でもこのチョコ、軽くて暖かいんだけど、食べられない。
「田」と「く」
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折角の休日も、明日の交渉のための打ち合わせで夕方から出勤。これで13連勤決定か。睡眠不足も続いているし、来週は気を抜くと風邪引いちゃうかも。

会議の後、中野「GARRET」で友人たちと遅い夕飯。強力な力に引き寄せられて、運命的に出会った男女4人。河口湖での一泊旅行はもう昨年6月の話か。劇的に環境が変化したり、仕事が多忙を極めたりで、4人で集まれる時間は本当に少なくなってしまった。

乾杯の後、酔っ払ってしまう前にと友人が切り出したのは、父を亡くし、人生最大の岐路に立たされている男への優しい言葉だった。過去、同じような岐路に立ち、真剣に悩み、決意と覚悟を胸に今の道を選んだという友人の言葉は、状況が違えど、とても心に響いた。素直な心情を吐露すれば、自分のことのように受け留め、信じる道を行けばいいと励ましてくれた。口先だけのありきたりな言葉でなく、心のこもったみんなの気持ちに胸打たれ、心温まる一夜でした。
ありがとう、おつかれさま。
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ここ数日の間に、書留で荷物を2度実家に送った。最初は父の運転免許証で、その後が車の鍵。どちらも持ち帰る必要のないもので、母に預けておけばこんな手間はいらなかった。車の鍵は、意図せず自分のキーホルダーにつけたまま戻ってきてしまったのだけど、免許証は形見の一つとして持っていたかった。だから、こっそり財布に忍ばせた。

実家の車(トヨタRAUM)を、2月中に廃車にしなければいけないことは分かっていた。運転免許証が必要とは思わなかったけど、車の鍵まで持ち帰ってしまったのは愚かだった。どこかに合鍵があったはずだけど、聞ける人はもういないわけだし。電話をかけてきた母に、心当たりの場所を告げてはみたけど、結局合鍵は見つからず、車を引き取りに来た業者に二度手間をかけさせてしまった。嫌な顔一つ見せず、父の死を悼み、「鍵が届いたらまた来ますから」と微笑んだ、そんな優しい人でよかった。

免許証と鍵が届き、今日、再度業者が来てくれたらしい。車が引き取られ、空っぽになった車庫に立ち尽くした母は、思わず涙をこぼしたという。

「もう、あの車(お父さんの存在した雰囲気のある、あの)は、二度と帰って来ない。この車庫は、もうずーっと空っぽなんだ、と思った途端に涙が溢れて…」~母からのメール

姉のお古で、オンボロで、車体には傷がたくさんあった。絵本の「きかんしゃやえもん」よろしく、アクセルを踏み込んでも、重い身体をようやく引き摺るようにのろのろと動き始めるだけ。エンジンは高速道路で唸りを上げ、信号で停まると、呻き声とともに弱々しく車体を震わせた。

総走行距離、15万1700キロ。姉が乗っていた頃には、毎日100キロ近くを通勤で走り、父が乗り始めてからは、登山道入口までのくねくねと曲がりくねった坂道を何度も何度も…。本当に、よく頑張ってくれた。その場にいたら、自分も泣いてしまったかもしれない。

父と会話をするシーンは、山を登っているときもそうだけど、車中が一番多かった。東京から帰省して、松山空港まで必ず迎えに来てくれた父。運転を替わって実家に向かうまでの道程で、いつも父は待ちかねていたように話し始めた。まずは母のこと。そしてこれからのこと。登山口への往路復路も、ちょっとした買い物に付き合うときも、そしてまた東京へ戻る自分を、空港に送り届けてくれる間にも。大概は耳の痛いお説教で、でも中には彼の若かりし頃の思い出話や、母と計画している旅行の話、次に登りたい山の話なんかもあって。あぁ、こう書いているだけで、愛しい思い出が次から次へと去来して、パソコンの画面が滲んでくる。

あのオンボロRAUMには父との思い出がたくさんたくさんあり過ぎて。それは母にとっても、姉にとっても。やがて解体されてしまう運命のあの車を想うと、ぎゅーっと胸が締めつけられて苦しくなる。

こうやって一つ、また一つと何かを失って、減らして、手離していく中で、でもその空っぽになった空間をなんとかかんとか埋めながら、生きていくしかないのだろう。だけど絶対に忘れたくない。喩えそれが神様から与えられた、前を向いて明るく笑えるための恩恵だとしても。父との思い出は、何もかにも全て忘れずに生きよう。泣いたっていいじゃないか。いつだって、何度だって。

ありがとう、RAUM。

お疲れさま、RAUM。
WAREHOUSE
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今となっては宣材写真を撮ってもらえたことがまるで夢のような、ついに業界のてっぺんにまでその手をかけた心優しき兄貴分的(と、勝手に思い込んでいる)カメラマン、Aさんのお誘いを受けて麻布の「WAREHOUSE」へ。

FPM(Fantastic Plastic Machine)田中さんのレギュラーPartyに、STUDIO APARTMENTの森田くんがゲストDJ。そんなプレミアなイベントにゲスト入場できるのもAさんのおかげ。

クラブなんていつぶりだろう。重い扉を開いて階段を降りると、いきなり強烈な光が目に突き刺さり、一瞬視界が真っ白になる。グルーヴィなサウンドに身を揺らすクラバーたちの間をすり抜けてドリンクを注文し、屈強なセキュリティガードに通されてゲストフロアでAさんと乾杯。

快楽的かつ退廃的な閉鎖的空間の中で、酒と音楽に陶酔し、熱狂的信者さながらに拳を突き上げる若者たち。青い光線に包まれて、身体を揺らす彼らの瞳の奥には、希望でも絶望でもない、どんよりと澱んだ闇が見える。そんな彼らと同化して、音の波にたゆたう心地よさを味わう。

いい出会いもあったし、明日が休みならオールしてもいいくらい楽しい夜だった。久しぶりに森田くんの勇姿も見たかったのだけど、確実に夜が明けてしまうので今回は断念。でもいい息抜きになったな。睡眠不足は解消されないけど、明日も頑張ろう。
本音は食欲より睡眠欲。
来週月曜に控えた3回目の交渉に向けて、昨夜は終電、今夜も遅くまで喧々諤々の会合。今度こそが最大の山場であり、今後を決定づける重要な争いとなる。そのために毎日自分の体力と時間を削って、闘っている。今月末の〆切に向けて時間的余裕は全くないのだけど、一石を投じた身であり、予想を遥かに超えて広がった波紋は、今や激しい渦巻きとなっているわけで、その中心にいる以上、やれることはやらねば。
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そうすると、ただでさえエンジンのかかりが遅い自分としては、必然的に寝るのは朝方になるわけで、只今睡眠欠乏症。電車乗って座ったが最後、3秒で落ちる。せめて食事くらいはしっかり摂らなければということで、今日は贅沢ランチ。渋谷東急で開催中の宮城物産展で買ってきた「利休」の牛タン弁当。一昨年の「行き当たりばっ旅」で食べた味そのまま。そして以前から気になっていた「ラ・シェール・アンジュ」の「蔵王プリン」。しかも数量限定販売の「樹氷」をデザートに。噂に違わぬ美味しさ。
一日遅れの鬼は外
俄に信じがたいような事実を突き付けられて、そのあまりの事の大きさに愕然とする。

事実が真実であるとしたら、まるっと騙され、薄汚れた掌の上で弄ばれていたことになる。

あの悔しげな顔も、憤りの言葉も、何もかもが嘘だったというのか。

欺瞞に満ちた言動を検証するにつけ、怒りと落胆がない交ぜになって目眩を覚える。

冷静に判断し、対処法を見つけるべきなのだが、精神が拒絶し、思考が停止する。

役者より役者な人間は、案外身近に多くいるらしい。

そして事実は小説より奇なり。

これもまた真実。

そりゃ心に鬼も棲みますわ。
節分
縁起物なんてと軽んじる前に、一度は大事にしてみようかと思って、昨年は酉の市で熊手を買ってみたりしたのだが、その直後に父緊急入院の報せ。何を今更と思われたのかしらと落胆した後だけど、置いた場所を改め、今日は流石に豆は撒けないので、恵方巻にかぶりつく。ちゃんと東北東を向いて。昼ならまだしも、真夜中にカーテン眺めながらってのも変な感じ。でも願い事をしながらもくもくと食べた。来年は韓国の巻き寿司がいいな。
冬空の下で
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日付が変わる頃まで職場で作業をして、駅に向かう道すがら、なんだか急に息苦しくなって進路を変える。終電までまだ少し時間があったので、寒空の下、一人代々木公園を歩く。

夏なら楽器を演奏する音や、芝居の台詞などが遅くまで飛び交っているものだが、流石にこの時期のこの時間、話し声どころか、人の気配すら感じられない。静まり返った夜の公園に、自分の足音だけが寂しく響く。

ふと立ち止まり、月さえ見えない曇り空を仰ぎ見る。東京では、満天の星空どころか、広い空を眺めることさえ難しい。乱立するビル群の隙間から狭い空を見上げても、空を空として感じることさえ叶わない。

見上げたまま、すぅっと深く息を吸い込む。あぁ、そうか。この感覚を味わいたかったんだ。日常に流されて、自分がいかに孤独で寂しいかも分からずに、父を亡くした喪失感さえ心に刻むことなく過ごしていた。

見上げる空には、必ず何か感じるものがある。気のせいだと言われてしまえばそれまでだけど、でもこの胸を締め付けられる感覚を、もっと深く心の内に沁みこませたいと思った。
いけちゃんとぼく
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次回の交渉に向けて、毎日のように遅くまで会議。投じた一石の波紋が、想像を遥かに超える大きな輪となった。手を挙げたことに後悔はしていないが、疲労は相当蓄積している。組織的に空中分解こそ免れているものの、ここに来て戦線離脱の意思を表明する人、方向転換を図る人、断固として闘い続ける意思を持つ人など、意見が分かれてきている。時間がない。これからはタイミングも重要になってくる。

そんな疲弊した心を癒してくれる絵本に出会った。某テレビ番組でも紹介され、映画化も決定された西原理恵子の『いけちゃんとぼく』。映画に出演する知人が絶賛していたということもあって、期待して読んだ。

西原さんの作品を読むのは、実はこれが初めて。子供に読み聞かせる絵本というよりは、大人が読む漫画。「泣ける本」だと評判らしいが、涙は零れなかった。でも、父を亡くしたばかりの自分としては、母を想ってとても切なくなった。波乱万丈、紆余曲折ありながらも、50年連れ添ってきた父に、母は最期まで恋していたのではないかと、今更ながらに思う。だからこそ。

求めない愛も尊いが、あれもこれもと求めてしまう恋だって素敵だ。好きで好きで仕方がなくなると、相手の何もかもが欲しくなる。でもどうしたって手に入らないものがあって。割り切って、諦めるしかないものなんだけど、時にぽかぽかと暖かく、時にきらきらと輝いた美しいそれに、どうしようもなく嫉妬してしまう。

それが欲しいからじゃない。だけどいつか、いけちゃんになれるといいなと思う。
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