必然必須 |
|
2008-06-16 Mon 23:59
|
河口湖へ |
|
2008-06-15 Sun 23:59
2005年のクリスマスイヴ、masterpeace土田くんと行って以来の河口湖へ。同行者との合流時間が14時で出発が遅くなるため、当初は諦めていた「富士急ハイランド」だったが、夏季による営業時間の延長と、円滑な道路事情からスケジュール再編成。結局乗れたのは「FUJIYAMA」だけだったが、富士急まで来て、高い入園料を払ってアトラクション一本のみという大人な遊び方も悪くなかった。まだ付き合いの浅い交友の絆を強めるにも最適な旅の始まり。
宿に向かう途中、3年前に土田くんと来た「不動」に再訪。夏至前とはいえ、朝夕はまだまだ肌寒い。アトラクションで風に当たって冷え切った身体を、熱々のほうとうが芯から温めてくれる。具沢山で、相変わらず絶品。美味しかったー。 ![]() 宿は、河口湖畔の「湖龍」。偶然でも強引でもないのに、この宿名。もちろん自分で選んだわけではない。14時に用賀を出発して、富士急でFUJIYAMA、ほうとうも食べたのに、まだ明るいうちに宿に到着。乾杯の頃に山の向こうに沈みゆく夕陽は、空を映す湖面を赤紫に染めて、夜の帳を引き下ろした。 ![]() 酒酌み交わしつつ語り、露天の湯でも語り、カラオケを熱唱した後は、按摩という拷問に絶叫してそのまま爆睡。相性が合えば、絆を深めるのにさして時間は必要ないらしい。久しぶりの休日らしい休日の楽しい過ごし方。それにしても、宿に到着してからの時間の経過は異常な早さだった。 |
37時間 |
|
2008-01-03 Thu 22:05
4時起き。まだまだ暗い5時過ぎに家を出る。早くから起きて、お弁当を持たせてくれた母、駅まで送ってくれた父に感謝。
6時前に松山駅に到着し、車内で同伴者の到着を待つ。彼女の実家は松山からさらに電車で数時間の南方にあり、松山に着いた30日の深夜は松山の友人宅に泊まらせてもらい、今朝の出発のために昨夜からネットカフェ難民状態だった。しかも脚本の直しでほとんど寝ていないというタフさ。脱帽。 松山駅にいたワンコロの、切なげな表情がとてもよかったのでパシャリ。 ![]() 6時2分に松山駅を出発し、車内で母の作ってくれたお弁当を食べる。愛の味がする。美味い。 画像は瀬戸大橋から。 ![]() しかしJR四国は本当にヒドい。 松山から高松まで5時間近く電車に乗っているわけだが、車内にトイレがないのだ。途中多度津駅で一度下車するのだが、乗り換え時間はたった1分。トイレに行きたい場合は、停車時間が比較的長めの駅トイレを利用することになるので、車掌さんと事前に打ち合わせをしなければならない。車内にトイレくらいつけようよ、JR四国。 ![]() 東京から松山は19時間だったが、帰りは18時間。わーい。 松山0602→1001多度津1002→1048高松1113→1206岡山1216→1320相生1321→1541野洲1542→1616米原1644→1845豊橋1853→1930浜松1942→2050静岡2052→2204熱海2208→2329川崎2341→0009登戸0019→0025最寄り駅 これが帰りの行程。行きよりトイレや食料調達も随分スムーズになり、もうイッパシの18きっぱー。席取りも板についてきた。でも今日は帰京ラッシュもピークだけあって、流石に座れないこともあったし、往路より1時間短いとはいえ、18時間の長旅は大変だった。 ![]() 往復37時間の旅。1日半電車に乗っていたわけだ。東海道線で聞き慣れた駅名を耳にし、川崎から南武線で登戸に辿りついたときには、とても感慨深いものがあった。 確かにとてもしんどかったけど、ブレストは順調に進んだし、いい旅だったんじゃないかな。ま、もう二度と18きっぷで帰省はしないと思うけど。 明日はもう仕事始め。 でも今年は決して日常に埋没しない。 頑張ろう。 |
18きっぷで年末帰省 |
|
2007-12-30 Sun 20:14
昨夜は帰宅直後、ベッドに腰掛けたその勢いで眠ってしまったため、午前3時に起きて帰省の準備。緊張していれば、どんなに朝早くでもちゃんと起きられるもんだ。感心感心。
0520登戸駅集合。前回18きっぷの旅奈良篇は一人旅だったが、今回は同伴者がいる。それはとても心強い。とはいっても、旅慣れているのも、18きっぷ経験者なのもこっちなんだけど、ヤバいほど睡眠不足な現状だから、話し相手がいて、例えばどちらかが寝てしまっても起こしてくれる相方がいるというのは本当に有難い。だって今回は、1度でも乗り過ごしたり、連絡をミスれば、今日中に松山に帰れなくなってしまうのだから。 ![]() ということで、まだ暗い中を前回同様登戸から南武線に乗って川崎まで。そして東海道線に乗り換えてひたすら西方へ。行程は、最寄り駅0512→0518登戸0527→0554川崎0605→0805沼津0809→1015浜松1030→1103豊橋1107→1230大垣1235→1310米原1323→1347野洲1402→1624相生1625→1727岡山1744→1838高松1916→2032観音寺2049→2203伊予西条2228→2304今治2339→2415松山という計19時間の強行軍。本州での乗り換えは、駅弁を買う余裕もなく、キャリーケース抱えて階段を駆け上がり、駆け下りる。重くても腐らせるよりはと大量に持ってきた蜜柑が重宝した。そのせいもあって、やっとありつけた高松での立ち食い饂飩がとっても美味しかった。 ![]() 旅の前半はほぼ睡眠。中盤から同伴者が役者だったこともあって、芝居やらプライベートな話で盛り上がり、後半はお互いの舞台の脚本に関してブレストをガッツリ。テンションを上げたり下げたりしながら、来年に向けてモチベーションを高めていった。 そうこうしていたら19時間もさほど長くは感じなかったのだが、やっぱJR四国のやる気のなさだけは勘弁してほしい。上記行程を見てもらえば分かるように、本州から瀬戸大橋を渡って、香川県の高松に18時38分には到着しているのだ。高速を使えば2時間、140キロ程度の距離を、何故5時間半かけなきゃいけないのか理解に苦しむ。車で下道を走ったってそんなにかからないはず。寂れた町の無人駅に何度も何度も停車して、乗り継ぎも非常に悪い。まさに鈍行。おかげでドッと疲労が増した。 最後今治・松山間は特急しか走っていなかったけれど、最終的に日を跨いでしまったけれど、何はともあれ、無事松山に到着。同伴者とはここで別れ、遅い時間にも関わらず、車で迎えに来てくれていた父と運転を替わって、実家に着いたのは24時45分。流石に、疲れました。 |
法隆寺と阪神競馬場 |
|
2007-12-16 Sun 23:31
一晩中賑やかなペアシートの隣ではまともに睡眠を取ることもできず、それでも予定通りに5時に起きて、ネットで場所を確認しておいた『極楽湯』へ向かう。地図を見た感じでは、徒歩30分の道程だったが、縮尺を気にせずアバウトな見方だったため、少し道を間違えたりもして実際は到着まで小一時間を要した。
6時開店でまだ5分しか過ぎていないのに、既に駐車場にはたくさんの車。風呂場はオッサンたちでいっぱい。ほぼ貸切だろうと思っていたのに、日曜朝から奈良のオッサンはどんだけ風呂好きなんだよ。 サッパリしたところで、次の目的地に向かうべく駅へ。進行方向と逆側の奈良駅まで1時間かけて帰るのも癪なので、近くのコンビニで地図を見て次の駅まで歩くことに。結構あるなぁとは思ったが、方角だけ頭に入れて、縮尺は敢えて気にしないことに。 大和路とはとても言い難い、大型ショッピングセンターやラブホテルが立ち並ぶ国道バイパスを、情緒の欠片も感じることなく、てくてく歩く。行けども行けども、だだっ広いアスファルトの道。奈良駅に戻るべきだったか。と、後悔の念が過ぎる頃、目の前に佐保川が現れ、越えるために歩行者は脇道に逸れなくてはならないという事実が発覚。想定外。いや、歩行者がこの川を渡ること自体が想定外なのか。川沿いの畦道をどんどん迂回。途中、道路が真っ黒になるほどの大群のカラスに両脇から睨まれる。目を合わせないようにして、「決して怪しいもんじゃないっすから」と呟きながら足早に通り過ぎる。川を越えてやっと元のバイパスに戻ったときには、全身に嫌な汗がびっしょり。風呂入った意味なし。 それからも結構歩いて、JR郡山駅まで1時間半くらい。遠っ!漫画喫茶からの距離を合わせると、正味2時間半の道程。朝っぱらからどんだけ歩くねん。 青春18きっぷ二つ目の入鋏印は、郡山駅。ここから関西本線に乗って、二駅隣りの法隆寺駅へ。駅からさらに片道1.5キロを歩いて、本日最初のメイン目的地、世界最古の木造建築「法隆寺」に到着。 ![]() 最後の「法隆寺大工」、西岡常一の書いた『木のいのち木のこころ』を読んでから、奈良に行く機会があればきっとと思っていた。代々「口伝」として受け継がれてきた宮大工の修繕・解体の知恵と技術は、木の特性を最大限に活かすことで、樹齢千年の檜を、建物になってからさらに千年もたせる。建立から1400年。五重塔を見上げながら、その歴史の重みと、込められた願いを思う。さんざっぱら病を患った今年だけに、薬師如来の前でもしっかりと合掌し、法隆寺を後にする。 ![]() 早朝のオーバーワークならぬオーバーウォークのせいで、予定より既に1時間以上もおしている。棒になりつつある足に発破を掛けて、法隆寺駅まで歩いて戻り、再び関西本線に乗って大阪へ。その間約50分は爆睡。大阪梅田で阪急電車に乗り換え、いざ仁川「阪神競馬場」へ。 ![]() 東京と中山、小倉、新潟に続き、これで5つ目のJRA競馬場。1Rから始めて、せめて午前中のレースくらいは楽しもうと思っていたのに、着いたときには3R発売〆切直前。こういうときに慌てて買った馬券は大概外す。てか、外した。 ![]() 続いて4Rは良血の2歳未勝利馬が多数出走。中でも安藤勝騎乗のブーケフレグランスは、今年の有馬記念で兄妹対決が実現したダイワメジャーとダイワスカーレットの妹。前走は出遅れた上に、負けた相手がビリーヴの初仔という不運。今度こその馬券だった。が、またも出遅れ。で、連敗。そして、タイムアップ。後ろ髪引かれまくりながら、仁川駅に戻ったのでした。 ![]() 大幅にリニューアルされた阪神競馬場は、パドックも観覧席もとても綺麗。いつかまたリベンジしに来なくては。 ![]() さて、ということで今回の青春18きっぷの旅も、あとは来た道をまた10時間かけて戻るだけ。途中下車もなく、窓の外は真っ暗。読書して、寝て、物語の構想など練ったり、また寝てみたり。やはり往路よりは長く感じたけど、往復全行程座ることができたし、想像よりはだいぶ楽だった。これなら、年末松山まで帰れなくもないかな…。18きっぷは5枚綴りだから、まだあと3回分残っているし。 ![]() 二日目はまさに「行き当たりばっ旅」を一人でやっている感じで、しんどい思いを共有してくれる相方がいない分疲労度は増した。でも見るべきものを見て、目的は果たせたわけだし。満足。ただ、やはりシャガールの『誕生日』と出逢えた初日の感動には遠く及ばず。 絵が届くのは約一ヵ月後。イーゼルを買って、手元にやってくる日を心待ちにしていよう。 |
シャガールの『誕生日』 |
|
2007-12-15 Sat 23:06
まだ明けきらぬ夜空には大きな柄杓が浮かんでいる。今日は確か「ふたご座流星群」が極大。ピークから2時間ほど過ぎてしまったものの、いくつか見られるかもと寒空を見上げるが収穫なし。旅前に風邪を引くのもバカらしいので、リュックを背負って駅に向かう。
小田急線で登戸まで出て、初めて「青春18きっぷ」に押印してもらう。ローカル電車を何度も乗り継いで、10時間以上もの長旅。国内海外問わず一人旅には慣れているはずなのに、なんだろう、この初々しさと甘酸っぱさたっぷりの旅立ちの心境。小学生の頃初めて一人で電車に乗って旅に出たときの気持ちに近い。そのときは松山から大洲という、高速ICでいえば3つ分くらいの短い距離だったが、旅を終えて無事帰宅できたときの達成感ったらなかった。 てことで、笑顔の駅員さんに見送られ、三十路を超えてなお、まさに「青春」18きっぷの旅が始まった。 南武線で南下し、川崎で東海道本線に乗り換える。駅のホームから見える工場に、オレンジ色の朝の光が差す。ぴりりと冷えた空気が頬に気持ちいい。デジカメで写真を撮ったり、時刻表を捲る回数の多さを考えて手袋は不要と判断したが、「ま、あってもよかったかな」と少し後悔。昔流行った指先がちょん切れたヤツとかコンビニで売ってればいいのに。 ![]() 次の降車駅は熱海。少し時間があったので、構内のドトールで珈琲とベーグルを買い、駅前広場にある足湯「家康の湯」に浸かる。 ![]() 朝の清掃を終えたばかりの浴槽に、ぽかぽかと温かい湯が注がれている。胃袋に熱い珈琲を流し込み、寒さも眠気も吹き飛ぶ。 ![]() そういえば数年前、浜松在住の人と熱海で待ち合わせたことがあった。麗かな春の日だったが、もちろん海の水はとても冷たくて。なのにウエットスーツも着ないでどんどん沖まで泳いでいって、遊泳可能区域ギリギリのところで右へ左へと延々遠泳をするオジサン。そんな光景を、浜辺でお弁当を食べながら眺めていたのを思い出した。 ![]() タオルで足を拭いてホームに戻ると、浜松行きの電車が滑り込んで来たところだった。途中、流れる車窓に雄大な富士が現れる。富士駅は新幹線の新富士駅よりも富士山に近い。夏はごつごつした岩肌ばかり目立つ近景にガッカリするが、冬の冠雪した富士山は間近で見ても本当に美しい。 ![]() それにしても、熱海から浜松までは遠い。先述の待ち合わせの際、ウチから熱海と、同県の浜松からじゃ少し不公平な気もしていたが、静岡は半端じゃなく東西に長いのだ。おかげで本を一冊読み終えてしまった。 ![]() 浜松からは乗換えがとてもスムーズで、せいぜい駅の売店を立ち覘くくらい。浜松→豊橋→大垣→米原。京都に到着したのが16時。ある事情により、この時点で朝にはフルだった携帯の充電が切れる。奈良に向かうには時間も早いので、京都で携帯を充電がてら夕食を取ることにした。本当は寺の一つも参拝できればよかったのだが、既に陽は落ちつつある。 京都駅のクリスマス・イルミネーションがとても綺麗。てか、まず駅自体が近未来的で非常に美しい。調べてみると、設計は札幌ドームの原広司。実は翌日大阪で阪急電車に乗ったとき、車窓から見えた「なんじゃありゃ〜」と思った梅田スカイタワーも彼の設計によるものだった。にしても近未来な京都。なんかしっくり来ない。 折角京都に降り立ったのに、入った店が携帯充電のための「au」と、その待ち時間を潰すためのパチンコ屋と、夕食のための「王将」というのが悲しい。一人だし、時間的余裕もなかったからいいっちゃいいんだけど。 京都で学んだこと→★京都の「au」は充電に30分200円という法外な料金を請求してくる。★京都の「王将」には各テーブルに一つちゃんとソース注しがある。東京では炒飯にソースをかけて食べると言うと白い目で見られがちだし、そもそも「王将」にソースを置いてない!店員さんに「ソースありますか?」って聞くと変な目で見られてしまうし。炒飯にソースをかけて食べると美味しいし、蜜柑をお風呂に浮かべて温めて食べても美味しいんだってば。 ![]() とっぷりと日も暮れて、奈良駅に着いたのは19時前。商店街を抜けて、猿沢池が見えたところで奈良公園に入る。ライトアップされた興福寺五重塔が昔見た記憶のまま、右手にズズンと聳え立つ。興福寺といえば阿修羅像。あの頃はまだ小学生だったし、薬師如来や阿弥陀仏像より阿修羅像や千手観音に興味津々だった。 見上げると、空にはとんがった月とカシオペヤ座。うーん、絵になる。でも折角周囲に高層ビルもなく、公園の敷地内にあるのに、ライトアップはお月様に任せればいいんだ。そうすればもっと星空が近く、悠久のときを感じることもでただろうに。 ![]() 公園を抜けて、ついに今回の旅の目的地「奈良県立美術館」に到着。明日で会期が終了する「シャガール展」。今日は土曜日だし、昼間は相当混雑したのでは。金曜土曜は21時まで開館しており、ナイトミュージアムがお奨めという情報に感謝。とても静かに、ゆっくりと鑑賞することができた。 ![]() 同じような日程で上野でもシャガール展が開催されていたのだが、遠路遥々大和路まで来たのは、ニューヨーク近代美術館からオリジナルの『誕生日』が来ているから。青山のアニヴェルセルにあるのも、ドイツのグッゲンハイムにあるのも模写されたもので、よく見ると微妙に違いがある。何より、描き手の心情が全然違うはず。彼の誕生日に、最愛のベラが花束を持ってお祝いにきてくれた。そのときの天にも昇る幸福感で、絵の中の画家本人は、まさに宙に舞い上がっている。ファンタジックなのに、ストレート。これほどあたたかな愛に満ちた作品を他に知らない。 入り口で音声ガイドを借りて、一点ずつゆっくりと鑑賞した。順路を辿り、そのフロアに入った途端、『誕生日』の絵が一直線に視界に飛び込んできた。絵が壁から浮き出ているような錯覚に陥ったのは、ライティングと額のガラスに仕掛けがあったのだが、それを考慮に入れても、その絵の存在感は他を圧倒していた。どれくらいの時間立ち尽くしていたのか分からないけど、その絵が醸し出す幸せなオーラに包まれたその時間は、至福のひとときだった。 他の絵を見た後も、次のフロアに移動した後も、何度も引き返しては『誕生日』の絵の前に立ち戻り、名残を惜しんだ。 音声ガイドを返却し、物販フロアへ。ポストカードや栞など手に取りながら、一番大きなサイズで額入りの『誕生日』が気になって仕方がない。5000円程度のものは買って帰ろうと決めていたが、モノが全然違う。吸い寄せられるようにして、絵の前に立つ。フロア内には他にも大勢のお客さんがいたのに、責任者と思わしき女性は迷わず声をかけてきた。今回を逃すともう二度と日本国内でこの絵を手に入れることはできないだろう。それは彼女に言われるまでもなく想像に易い。この絵との出逢いは運命的であり、今ここにいるのは必然だ。 この絵がもたらしてくれたものの大きさを思えば、買わないわけにはいかなかった。今の自分には不釣合いなほど高価な買い物だ。しかし、この絵は絶対買うべきだし、買わなければ間違いなく後悔する。今分不相応でも、釣り合わせるために努力すればいいのだ。そう納得させて、書類にサインをする。 先月のmasterpeaceのライブで、『最後の約束』を販売する際の特典として『誕生日』のポストカードをつけたのだが、そのために10枚ほど郵送してもらえないだろうかとお願いしたのは自分なのだと、手続きを終えてからその女性に打ち明けた。彼女はそのことを覚えていてくれて、そこにいた販売スタッフみんなに「あの人よ」と告げて回った。みんな「来てくださったんですね」と歓声を上げ、その女性自身も「どんな作品なのかしらねって話していましたのよ」と相好を崩した。用意してきた『最後の約束』のCDを渡すと、「みんなで聴かせてもらいます」と喜んで受け取ってくれた。嬉しかったな。 美術館を後にしてからも興奮は冷め遣らず、tellに電話をした。「いい買い物をしたね」と彼も喜んでくれた。ホテルに空室はなく、漫画喫茶で夜を明かすことにはなったが、とても気分のいい夜。奈良まで来て、本当によかった。 |
湯治場にて流星を見、人生を思う。 |
|
2007-12-07 Fri 18:32
![]() 「最近、君の日記は映画と舞台と病気のネタばかりだな」と友人から指摘を受けた。確かに、食道裂孔ヘルニアに始まり、肋間神経痛やら過敏性腸症候群やら、風邪は引くし、胃も悪くしたし、虫歯も現在二本同時に治療中。で、書けなかったんだけど、先日は軽い尿道炎まで患っていた。市販の漢方で症状は緩和したものの、直後に下肢の付け根が痛み出し、まさに「どんだけ〜」って感じ。今細木数子に「こうしなさい」って言われたら、何も疑わずに従うと思う。病んでるなぁ。 こういうときは、湯治に限る。てことで、下北で歯の治療を済ませた後、東名を飛ばして一路箱根へ。ETCで少しトラブルはあったものの、渋滞もなく1時間程度で到着。近い。 数年前に一度訪れたことがある「天山温泉郷・一休」は、学生たちで賑わっていた。湯船に浸かりながらバイクの話、合コンの話、バイト先の話。散り落ちては湯に沈みゆく紅葉を眺めながら、聞くともなしにぼんやりと聞き流す。 彼らが去った後、独りになった露天で、いっぱいに息を吸い込み、肺を膨らませて仰向けに浮かぶ。上空には、山肌と屋根の間に満天の星空が広がっている。水中で聞こえてくるのは、ドクドクと血液を送り出す心臓ポンプの音と、どこか遠くで湯が湧き出る音だけ。 ちぎれ雲一つ流れてこない。月も見当たらない。星だけが、燦燦と輝く夜空。風が吹き通り、青白灯に照らされた紅葉がカサカサと揺れる。いや、実際はその音は聴こえていない。耳は依然湯の中にある。星空に向けて立ち昇る湯気。いつの間にか心音が遠くなり、世界は限りなく無音に近づく。 ゆっくりと目を閉じると、後頭部がじんわりと暖かくて気持ちいい。涼しい風が、優しく胸を撫でる。瞼の裏で次々に浮かんでは消える映像。去来する様々な想い…。 どれくらいの時が経ったのだろう。目を開けると、さっきよりも強い光で星が照らしつけてくる。夜目の利く鳥か蝙蝠か、頼りなく飛来して遠くの枝に止まる。じっと待つ。ややこしいことはもう何も考えていない。そのとき、オリオンの右肩ベテルギウスと、三ツ星のアルニタクを結ぶ線を引くようにさっと星が流れた。「あっ」という声はもちろん自分の耳にも届かず、夜風に攫われた。 風呂に浮かんだまま、今更ながら天空の神秘を想う。月は地球の衛星で、太陽系は銀河系の中。その銀河系も果てしなく広がる宇宙の一部でしかない。宇宙の始まりを想うとき、この青き小さな星に一人佇む自分が、今ここにいる意味を考えずにはいられない。 変化を好まない人間にとって、無知はとても都合がいい。知れば知るほど世界は広がり、異なって見えてくる。だから不安になる。実際、世界は限りなく広い。そして人智の及ぶ範囲を超え、目まぐるしいスピードで広がっている。人間の能力には限界があり、寿命という逃れようのない終着点がある。その限られた人生の中で、何を想い、何を為すのか。星は何も教えてはくれない。 |
瀬戸内と安藤忠雄 |
|
2007-10-19 Fri 23:18
明日の登山は早朝出発。だから今夜は早めの就寝。日曜は午前の便で帰京予定なので、出かけたり人と会えるのは今日の夕方まで。ということで、眠い目をこすりながら朝から動く。
家から車で15分くらい。学生の時分、すぐそばにある野外活動施設はサークルなので利用したことがあったが、ほぼ隣接しているエリエールのゴルフ場は、バイクで一度通り過ぎたことがあるだけだった。そんなだから、そのゴルフクラブの施設内に「エリエール美術館」があるなんて全く知らなかった。製紙会社最大手「大王製紙」の井川一族によるコレクションだけあって、辺鄙な無名の美術館とは思えない豪華な絵画が所蔵されている。さらにこの美術館、設計はなんとあの安藤忠雄。 中にはピカソやローランサンの他、数多くの著名な画家の絵がところ狭しと展示されているのだが、今回の目的はなんといってもシャガール。「ダフニスとクロエ」の全42点や「恋人とブーケ」など。まさかこんな場所でお目にかかれるとは。シャガール特有の青の世界を堪能。現在上野で開催されているシャガール展にも早いとこ足を運ばなきゃ。 ![]() 次に訪れたのは松山市中心部に新設された「坂の上の雲ミュージアム」。その名の通り、司馬遼太郎氏の著作『坂の上の雲』に関する資料などを集めた博物館。子規を始めとする松山出身の人物を中心に、近代国家を目指す明治の日本を描いたとても有名な作品。なわけだが、司馬氏本人も危険な思想を孕むとこぼした本だけあって、建設に反発の声も上がったという。実際通読していないので何とも言えないが、個人的にこの美術館を訪れた目的は、やはりここも安藤忠雄による設計であるから。ここもまさに、彼の彼らしい設計。動線の敷き方は「表参道ヒルズ」や、ミッドタウンの「21_21DesignSite」にそっくり。 直島の「地中美術館」、「エリエール美術館」、そして「坂の上の雲ミュージアム」。阪神・淡路震災復興支援10年委員会の実行委員でもあり、瀬戸内海の破壊された自然を回復させるために「瀬戸内オリーブ基金」も設立している安藤忠雄。彼の瀬戸内への強い思い入れがひしひしと伝わってくる。 ちなみに「坂の上の雲ミュージアム」のコンテンツについては、特筆すべき点もなく。 ![]() 「坂の上の雲ミュージアム」入口から少し坂を上がると、大正11年に旧松山藩主久松定謨の別邸、現県立美術館分館郷土美術館「萬翠荘」がある。様々な木々に囲まれたフランス風の洋館は、卒業アルバムの記念写真撮影などでよく使用されるのだが、実は初来訪。時間もなく、敷地内をぐるりと回り、無料開放されている一階と階段上まで眺め歩く。 ![]() 萬翠荘の裏手にある石段を登ると、漱石が教師として赴任していたときに下宿し、療養に訪れた子規としばし同居生活を送ったという「愚陀仏庵」がある。一階に子規が住み、二階に漱石が住んだ。愚陀仏と自称した漱石は、趣あるこの館で夜な夜な子規と句会を催したという。愚陀仏庵の縁側に腰を下ろし、虫の音を聞きながらしばし時が経つのを忘れる。 ![]() 宇和島から高速飛ばして会いに来てくれた友人と合流し、北条に新しく出来た温泉施設「コスタ北条」へ。学生時代、よく夜の海を眺めに来ていた海岸のすぐ裏手にこんなのできたんだ…。情緒も何もないスーパー銭湯風温泉。なんとも微妙。 帰省してこっちの友人に会うたび、田舎の時間は本当にゆっくり流れるのだなと実感する。癒されるが、やはり自分はもうここで生活はできないなと痛感もする。 ![]() 今日はもう一人。松山で知り合い、東京で再会し、今は子供を産んで山口にいる友人が偶然このタイミングで帰省していたので会うことに。波乱万丈な人生を生きる彼女の逞しさに敬意を表する。そして強さとは美しいものだなと、今の彼女を見てそう思った。明日のことがあるのでほんの小一時間しか話ができなかったが、もうすっかり母の風格を身につけた彼女の笑顔になんだか励まされたのでした。 ![]() ほんのちょびっとだけしか会えないのに、貴重な時間を割いて会ってくれる友人には本当に感謝。でも会いたい人はもっともっといる。 さ、明日は早い。さっさと寝なきゃ。 |
砥部動物園のピースくん |
|
2007-10-18 Thu 20:29
お昼前に起きて、テーブルの上にこれでもかってくらいたくさん用意されたお昼を食べる。寝起きでこんなに食べられませんけど。。
外に出ると秋晴れのいい天気。相変わらず草木や野菜で緑いっぱいの庭を抜け、収穫期を迎えた田圃の脇の空地に、父が植えた秋桜が風に揺られるのをのんびりと眺める。長閑。 ![]() 門扉のすぐ傍に植えられているライラックは、母の大好きな木。台風で一度枯れてしまったが、その枝からここまで成長した。ライラックはヨーロッパ原産で、モクセイ科の落葉樹。春に白い花を咲かせ、とてもいい香りがする。母が好きだからと、よく登る山の麓にライラックの幼木を植えた父。彼との大切な約束を守るためにも、近いうちに様子を見に行こうと思う。 ![]() 二日間の登山の予定が土曜日だけになったので、今日は父と、母を連れてどこかに出かけようということになった。母はカラオケに行きたがったのだが、その前に「砥部動物園」へ。旭山動物園ほどではないが、全国的に見ても規模の大きい、有名な動物園。 知らなかったのだが、ここで飼われているシロクマのピースは、日本で初めて人工飼育によって育てられたのだそう。とても愛らしい彼は園内の人気者だったが、担当飼育員との別離がきっかけで、引篭もりになってしまったのだという。人間に育てられ、人間と同じような感情を抱くようになったピースは、最愛の飼育員さんと離れ離れにさせられて、すっかり元気をなくしてしまったのだ。子育てを放棄した親の代わりに仕方なくとはいえ、動物園での人工飼育が招いた結果。かわいそう。飼育員を連れ戻してあげてはいけないのか。 ![]() 広い園内を歩き疲れて、結局カラオケは中止。帰宅して夕飯を済ませた後、一人繁華街に繰り出す。木曜日の午後9時。松山のド真ん中なのに、人少ねぇ〜。学生時代にバイトしていた本屋に立ち寄るが、人も雰囲気も一変して居心地も悪く、早々に店を出る。意味もなく、久しぶりに1000円だけパチンコを打ってみたり。することねぇ〜。メールで連絡した友人たちからの返事を待つ間、スタバで珈琲を飲みながらノートを広げる。松山からは離れた場所に住んでいる友人も多いし、「旦那が」とか「嫁が」とか「子供が」とか「キャバ嬢が」とかそんな理由でみんな忙しく、なかなか遊んでもらえない。 結局つかまったのは現在宮城在住の元女優M。車で合流し、環状線から少し入った場所にある小洒落たカフェ「haco」へ。ここ数年で似たようなカフェが急増した松山は、人口に対するカフェの比率が一番なのだという(M談)。そんなの全然自慢になんないし。松山の人間はヒマ人ばっかみたいじゃん。 ![]() 深夜0時を回って、風呂に入って帰ろうと思っていたところに学生時代の悪友から連絡。17時に打ったメールに今頃気がついたんだとか。スケジュール的に今夜しか会えそうにないので、3時くらいまでファミレスでくっちゃべる。主題は、脇腹の肉について。メタボどうこう言う前に、外肉がヤバい。「なわとび部」を作ることで基本合意。「媛彦温泉」に入って朝方5時頃帰宅。 |
帰省 |
|
2007-10-17 Wed 23:01
でっかいスーツケースと登山リュックを抱えて朝の満員電車に乗る。リュックにはストック突き刺さってるし、かなり傍迷惑。17時まで仕事。こんな日に限って忙しい。羽田から松山行きの最終便に乗って帰省。離陸した飛行機の窓から眼下に広がる光の海を眺める。美しい。でも田舎で見上げる星空の方が何倍も美しいことを知っているからワクワクする。
![]() 空港まで迎えに来てくれた父と運転を替わり、今回の帰省の主目的である「三嶺」登山のことなど話しながら実家へ向かう。久しぶりに会う父はいつも饒舌になる。 空港から実家までは約30分の道のり。台所では母が夕飯の支度中。帰省のたびに、変わらない両親の姿を目にしてホッと胸を撫で下ろす。21時過ぎの遅い夕食は、もちろん母特製の水餃子。変わらない味。美味い。 食後に珈琲を飲みながら少しまったりとして、MY風呂「媛彦温泉」へ。サウナに入って、露天に浸かり、都会で染みついた汚れと疲れを洗い流す。極楽。天候の関係で登山の予定は土曜になったし、今夜はゆっくりと眠れそうだ。 ![]() |
|
| The Perfect Storm |
NEXT≫
|







































